前編に引き続き、赤ちゃんの脳の可能性について、慶應義塾大学「赤ちゃんラボ」主宰の皆川泰代教授にうかがいます。赤ちゃんのすこやかな「心とことばの発達」のために、大人は具体的にどのような働きかけをすれば良いのでしょうか。
Q.6 お母さんが赤ちゃんに話しかけるマザリーズの効果を教えてください
Q.7 子どもの言語能力を高めるために親にできることは何でしょう
Q.8 8ヵ月齢の赤ちゃんでも高いコミュニケーション力を持っているそうですね
Q.9 お母さんとのインタラクション(相互作用)が赤ちゃんの能力を引き出すのですね
Q.10 赤ちゃんの脳には進化の名残があるそうですね
Q.6 お母さんが赤ちゃんに話しかけるマザリーズの効果を教えてください
マザリーズは「赤ちゃんことば」といわれているもので、1歳半までは、はっきり、ゆっくりと抑揚をつけて表情豊かに赤ちゃんに話しかけてあげると、言語獲得のための良い刺激となることが研究で明らかになっています。母音がはっきりするので赤ちゃんは母音が獲得しやすくなり、抑揚をつけることで言葉に注意が向きやすくなります。
Q.7 子どもの言語能力を高めるために親にできることは何でしょう
言語獲得のために重要な社会的相互作用には、言語によるコミュニケーションだけでなく、非言語のコミュニケーションもとても大切です。お母さんが子どもに話しかけインタラクション(相互作用)を増やすことで脳の前頭葉や感情的な部分がうまく育つと、コミュニケーション能力が育まれます。
統計的にも、第二子や第三子に比べて第一子の言語能力が高いことが報告されています。これは、第一子が先に生まれるため、親やまわりの大人から話しかけられる機会が第二子・第三子よりも多く、インプットの量が多くなるからだと考えられています。
Q.8 8ヵ月齢の赤ちゃんでも高いコミュニケーション力を持っているそうですね
赤ちゃんは8ヵ月齢あたりで、発話はしませんが視線や指さしでお母さんと会話をしようとします。たとえば電車の中で、窓の外に面白いものを見つけたときに指をさしてお母さんに視線を向けることがあります。これは「共同注意」といってお母さんと面白さを共有しようとするコミュニケーションの発芽です。相手のことを知りたいとか気持ちをシェアしたいという思いが将来の言語能力につながっていくので、「共同注意」はとても重要な過程です。
しかし、この視線や指さしのサインにお母さんが気づかず、スマートフォンを覗き込んでいる場面をよく目にします。これは赤ちゃんとのリアルなインタラクション(相互作用)を放棄してしまうことになりますから特に注意が必要です。赤ちゃんのコミュニケーションサインを見逃さないようにしましょう。
Q.9 お母さんとのインタラクション(相互作用)が赤ちゃんの能力を引き出すのですね
お母さんは毎日とても忙しいでしょうが、保育園や幼稚園の送り迎えのときや夕飯のときなど、たとえ短い時間でも密な愛着の時間を持つと良いと思います。また、DVDなどで英語を学ぶときは英語でも日本語でもかまわないので、「今こんなこと言っていたね」などと声をかけてあげるとより学習効果が上がるでしょう。
学習の記憶に関係する海馬は感情をつかさどる扁桃体に近いこともあり、子どもがお母さんの笑顔を見てうれしいと感じるなど、感情を伴った学習はとても効果的です。また、ほめることも小さい子ほど効果がありますから、良いところを見つけてたくさんほめてあげましょう。
Q.10 赤ちゃんの脳には進化の名残があるそうですね
日々の実験の中で赤ちゃんの脳の反応や行動を見ていると、音の聞き取りや足し算など「いろいろわかっているのだな」とよく感じます。赤ちゃんは、声の調子から人の感情まで聞き分けることができ、特に怒りなどのネガティブな感情には強く脳が反応しますが、これは危険なもの・怖いものを敏感に察知しているのかもしれません。ですから、赤ちゃんの前では夫婦喧嘩はしないほうが良いですね。
フランスの研究で、女の子が泣いているときに助けてあげる大人と意地悪をする大人が出てきて、2人がそれぞれ赤ちゃんにお人形を渡そうとする実験があります。この場合、赤ちゃんは、女の子を助けてあげる大人の方から人形をもらうという結果が出ています。これも敵対する捕食動物から逃げてきた人間の進化の名残とも考えられ、危険なものから逃れるための本能が赤ちゃんにもあるといえるのかもしれません。
後編まとめ
赤ちゃんは私たちが考えている以上に大きな可能性を秘めているようです。赤ちゃんの脳の特長を知りその成長を見守ることで、赤ちゃんと過ごす時間がより豊かなものになりそうです。
プロフィール:皆川 泰代(みながわ やすよ)
慶應義塾大学文学部心理学研究室教授・博士(医学)。慶應義塾大学赤ちゃんラボ主宰。国際基督教大学大学院(修士)、東京大学大学院(博士)取得。
国立国語研究所、国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所にて日本学術振興会特別研究員、フランスENS-EHESS-CNRS 研究員、University College Londonおよび UCL Hospital、NHS.訪問研究員等を経て現職。