「TPR」という外国語学習の指導法を聞いたことがありますでしょうか?
TPRは、「Total Physical Response」の略称で、「身体を動かしながら」外国語を習得していく指導法を指します。
今回は、小学校の英語授業などでも積極的に取り入れられはじめているTPRについて、詳しくご紹介します。
TPRってどんなことをするの?
TPRは、1960年代にアメリカの心理学者ジェームス・アッシャー氏によって提唱されたことから広がった語学指導法です。
TPRを簡単に説明すると、「赤ちゃんが母語を習得していく過程を、外国語学習者に応用したメソッド」といえますが、さて、それはいったいどういうことなのでしょうか。
母語を学習する赤ちゃんは、発話をしはじめるまで、親や周囲の人々からかけられる言葉を聞き続けます。その内容がようやく少しずつ理解できるようになった段階に入っても、投げかけられた言葉に対し、すぐに言葉で反応を返すことはできません。
しかしそのかわり、成長するにつれ、「コップはどこ?」「ママにおもちゃをちょうだい」などという声かけに対し、対象物を指で指してみたり、指示された動作をして見せたりするようになります。
これは、言葉で反応を示すことができなくても、耳にする言葉の内容を理解し、それを全身の動きで示していることを表しています。
こうして、まず「聞いて内容を理解し、動作で反応を示す力」を高めていったのち、十分な準備ができたところでようやく発話をしはじめるというわけです。
TPRでは、この赤ちゃんの母語学習の過程になぞらえ、外国語を学習する第一段階として、「聞いて内容を理解する力、また理解したことを身体全体で反応する力」を高めることに焦点を置いています。
指導者からだされた指示に対し、学習者は言語ではなく動きで反応を返すというのがTPRの特徴で、「聞いて理解する力を重視し、スピーキングは強制しない」というTPRの概念に沿っています。
また、指導者の指示はすべて学習者が習得しようとしている外国語で行われるということも、TPRの大きな特徴です。
TPRのメリット、デメリットは?
メリット
1. プレッシャーなく学習できる
TPRを使った教授法では、発話を強制されることがほとんどないため、たとえば、日本で英語を学習しはじめた子供たちが抱きやすい「英語を話さなきゃ!」というプレッシャーやストレスを避けることができる、という長所があります。
2. 楽しんで学習できる
身体を大きく動かしゲーム感覚でレッスンに参加できるため、長時間座っていることが難しい年齢や気質の子供でも楽しんで学習できます。
3. 子供から大人まで学習効率アップ!
TPRは、子供だけでなく幅広い年齢の学習者に対し有効なメソッドであるため、中高生や大人にとっても、座学習の途中で気分転換にTPRを活用したアクティビティを取り入れることによって学習効率を上げることが期待できます。
4. 記憶に残りやすい
聞いて理解する力(聴解力と呼ばれる力)は、身体の動きとともに発達させることで、長期記憶に残りやすくなるといわれています。これは、左脳で理解した言語を右脳が運動として実行することで、両方の脳が使われ学習効果が高まるためだとされています。また、外国語の意味と身体の動きが直接的に結びつくため、母語を介入させることなく言語理解を深めることができる点も、TPRの長所の1つです。
デメリット
1. 学習者が退屈してしまう
TPRには多くの利点がある一方で、「学習者を退屈させてしまう」というデメリットを指摘する声もあります。これは、TPRを活用したレッスンでは指導者がレッスンの中心者となりやすく、子供たちがあまり発話を求められないということに起因します。TPRメソッドを活用して指導する際は、学習者にも「グループに指示する役割」を与えるなど、退屈させないような工夫が必要です。
2. 抽象的な言葉の習得が難しい
身体の動きで表現しやすい言葉の習得には大きな効果を果たすTPRですが、裏を返せば、「感情や形容詞など、身体の動きで表現しづらい抽象的な感覚を学習することには向いていない」といった短所が出てきます。どのような言葉がTPRで学習することに向いているのか、ターゲットを絞ることが大切です。
TPRを活用した実践例
TPRを活用した授業での実践例ですが、基本的には「Walk(歩いて)」と言われたら歩く動作をするというように、「指導者の指示にしたがって、学習者がその動きをする」というシンプルなゲームのような形式が多く見られます。
ここに少し工夫を加えた参考例として、下記のようなゲームやアクティビティがあります。
● 「Simon says(サイモンさんの命令です)」ゲーム
英語圏の小学校などでよく行われるゲームです。「Simon says...(サイモンさんの命令です)」という冒頭文句に続く指示に従い、学習者が動作をしなければいけないという、TPRを活用した典型的なゲームです。
たとえば、「Simon says, jump five times!(サイモンさんの命令です。5回ジャンプして!)」と言われたら、学習者は指示通り5回ジャンプしなければいけません。一見単純なゲームのようですが、指導者が指示を与えるスピードに変化をつけてみたり、「どうやって動きで表現しよう?」と学習者が考えなければならないような変わり種の指示を出したり、少し工夫を加えるだけでとても盛り上がるゲームです。
慣れてきたところで、学習者の1人を真ん中に立たせ、他の学習者に指示をださせるなどしても学習効果が上がるでしょう。
● 「Stop and go(止まって、動いて)」ゲーム
音楽を合図として取り入れたアクティビティも、よく見られるTPRの方法です。たとえば、あらかじめ音楽がかかっている間は歩くよう指示をした上で、子供たちにとってなじみのある歌を流します。
指導者は子供たちの様子を見ながら、時折音楽を一時停止します。音楽が止まった瞬間、「Clap your hands!(手を叩いて!)」など動きの指示をだします。子供たちが指示に対し反応を見せたら、一時停止していた音楽を再度かけ、再び歩きはじめるよう促します。指示を変えながら、これを数回繰り返していきます。
これは、「Stop and go(止まって、動いて)」と呼ばれるアクティビティで、英語圏の幼稚園などでもよく行われるアクティビティです。音楽が突然止まることで、子供たちは指示に対してより注意を払いやすくなるのです。
● アクションソング
「耳で聞き、身体で表現して覚える」という意味で、歌いながら身体で表現しなければならないような子供向けの歌を取り入れることもTPRの一環といえます。手遊び歌から、全身を動かしながら歌う曲まで、幼児・児童向けの曲にはさまざまなアクションソングがあります。
英語の曲でいうと、「Head, Shoulders, Knees and Toes」や、マザーグースの「Hokey Pokey」などがわかりやすい例です。どちらも、英語圏の幼稚園や小学校で親しまれている曲で、英語圏で育った人のほとんどが耳にしたこと、または学習したことがある曲です。どちらの曲にも、身体の部位の名前がたくさん登場します。
「Head, Shoulders, Knees and Toes」では「Head, shoulders, knees and toes, knees and toes... (頭、方、ひざ、足の指、ひざ、足の指...)」という歌詞に合わせながら、自分の身体の部位をタッチしていきます。同じ歌詞とメロディーが繰り返されますが、次第にスピードが速くなっていくため、それに合わせて間違えないように歌ったり身体を動かしたりしなければならず、定番ですが子供達といっしょに行うととても盛り上がる1曲です。
「Hokey Pokey」では、「You put your right hand in, you put your right hand out...(右手を入れて、右手をだして...)」と、身体の部位だけでなく、左右の区別も入ってきます。
こうして、実際に自分の身体を触ったり動かしたりしながら歌うことで、子供たちはごく自然に身体の部位の名称や左右の別を学習することができるのです。
まとめ
低年齢における英語学習で大切なのは、楽しみ、体感的に言葉を習得していくことです。TPRメソッドを活用し、子供の発達段階や語学レベルに合わせゲーム感覚で英語学習を取り入れることで子供の学習意欲も向上するでしょう。
英語を学習しはじめた子供をもつパパやママも、家庭で簡単に取り入れられそうな方法です。ぜひ試してみてはいかがでしょうか。