はじめに英語の基本語と聞いて何を連想するでしょうか。
名詞であればhouse、dog、park、carなどを連想するでしょう。it、you、theyなどの代名詞も基本語ですね。and、but、or、so、ifなどの接続詞もあります。
今回、注目したい基本語はput、take、runといった基本動詞です。
基本動詞は英語のエンジンです。それほど大切な言葉であるということです。
ところが、基本動詞は、英語の学習をはじめると、初期の段階で出てくる単語であることから、基本的で簡単な単語と考えている人が多いようです。
しかし、それは、とんでもない間違いです。
以前、同時通訳者を対象にした講演を行った際に、takeとplagiarize、putとimposeのような単語を示し、どっちの単語が難しいかを聞いたことがあります。すると、参加者の全員がtakeやputのほうがplagiarizeやimposeという単語より難しい、と回答しました。
plagiarizeは「剽窃する(※)」、imposeは「(何か)を課す」と覚えれば済む単語です。しかし、takeやputは、そうはいきません。
英和辞典などを開けばわかることですが、plagiarizeは1、2行で説明されます。一方、takeになるとその何十倍かの紙幅を割いて用法の説明が行われています。
高校生や大学生を調査してみると、plagiarizeやimposeという単語を知らない学生はいますが、takeやputを知らないという学生は皆無です。
しかし、単語を知っているということと使えるということはまったく違う話なのです。
※剽窃:他人の作品を自分のものと偽って発表すること。
takeは「取る」、putは「置く」ではない
takeは「取る」、putは「置く」といった具合に、たいていの人は日本語訳を通して英単語の意味を理解していると思います。
日本語を通して英語の単語の意味を理解するということは、それ自体、自然なことです。
「putってどういう意味?」と問われると、「『置く』ということだよ」とすぐ答えてしまいますね。しかし、「put=置く」ではないし、「take=取る」ではありません。
「えっ?そんなバカな」と思われる人がいるかもしれませんが、「put=置く」ではないのです。
例えば、「目薬をさす」という状況を英語では"put some eye drops in one's eyes."といいます。「put=置く」という思い込みがあると、なかなか目薬をさす状況でputを使うことはできません。「新しい秘書を置く」にしても"staff a new secretary."であって、putは使うことができません。
また、「もう我慢できない」と「体温を測りましょう」という状況を想像してみてください。英語ではそれぞれ、"I cannot take it anymore."と"Let me take your temperature."といいます。どちらもtakeですが、「take=取る」では通用しませんね。
このように、「put=置く」のような理解のしかたをしないで、putをいろいろな状況で使えるようにするための方法が必要となります。そのためには、指導する先生は、putやtakeがどういう動詞かを知っておく必要があります。
以下では、putとtakeにはたくさんの意味があるのではなく、それぞれひとつの「本来の意味(コア)」があるということ、そして、そのひとつの意味(コア)を使って、さまざまなputやtakeの使い方を説明できることを解説していきます。指導する人が語の正体を知ることで、新しい指導のしかたが生まれてくるのだと思います。
putの本来の意味とは?
putは使い道の多い動詞です。しかし、「put=置く」の理解では、「傷に軟膏を塗ってあげよう」といった状況で"Let me put some ointment on the wound."という使い方ができません。また、「ネコを外に出して」という場面で、"Put the cat out."という表現もなかなか思いつきません。putの本来の意味(これを「コア」と呼びます)は「何かを移動させて、どこかに位置させる」というものです。
「何をどこにプットさせるか」が重要なのです。"Put the cat out."では、ネコの位置を外にするということです。「何かをどこかに位置させる」としてputを規定すると、何をどこに位置させるかによってその日本語訳が異なってくることがわかります。
Putの使用例
切手を貼る、手紙を封筒に入れる
例えば、"Put an 84 yen stamp on the envelope."なら「84円切手を封筒に貼りなさい」となり、"Put a letter in the envelope."なら「手紙を封筒に入れて」となります。何をどこに位置させるかが問題なのです。
目薬をさす
「位置させる」という言葉は、「置く」のように水平の関係を前提としません。そこで目薬を目の中にput(位置)すれば"put eye drops into one's eyes"となり「目薬をさす」という日本語表現に対応することになりますが、あくまでもputのコア感覚で理解することが重要です。
つまり、こういうことです(言いかえると)
会話でよく使う"Let me put it this way."といえば、「つまり、こういうことです」という意味ですが、ある内容(it)をこのように(this way)位置させる(言い換える)ということです。
優先させる
「今は楽しみよりも職務を優先すべき時だ」という状況でも"Now is the time you should put duty before pleasure."といいますが、pleasure(楽しみ)の前にduty(職務)を位置づけるということから優先するという意味が生まれます。
takeの本来の意味とは?
次にtakeです。「takeの意味を知っていますか?」こんな質問をすれば英語を勉強した人であれば、ほぼ間違いなくYESと答えるでしょう。
しかし、このtakeを使いこなすとなるとなかなか大変です。辞書で引くと、takeには「手にとる」「獲得する」「写真を撮る」「体温を測る」「乗り物に乗って行く」「連れて行く」「占拠する」など、いろいろな意味が載っています。
しかし、これらがtakeの「本来の意味」というわけではありません。
takeのコアは「主語が何かを自分のところに取り込む」というものです。
ちょうど、下図のようなイメージです。"Take the pen."と言われたら、机の上にあるペンに手を伸ばして、手にするでしょう。
Takeの使用例
一節をとる(引用する)
例えば、"He took the passage from the Bible."だと「彼は聖書から一節をとった(引用した)」ということですが、聖書から自分の文書に取り込んだという感じですね。
賞をとる
"Mary took first prize and gave a speech."の場合はどうでしょうか。これは「メアリは一等賞をとり、スピーチをした」ということですが、一等賞を受け取る(自分のところに取り込む)という意味です。
賄賂を受け取る
"He doesn't take bribes."だと「彼は、賄賂は受け取らない」ということですね。
薬を飲む
そして「取り込む」というイメージは"She's going to take some cold medicine."(彼女は風邪薬を飲もうとしている)という状況でも使われます。
写真を撮る
では"He is taking a picture of Mt.Fuji."の場合はどうでしょうか。
「写真を撮る」と「自分のところに取り込む」とは無関係のように思われるかもしれません。しかし、富士山に向けてカメラを構え、シャッターを押す、すると、山の景色がカメラに取り込まれると考えることができます。だからtake a pictureなのです。
体温を測る
一方、"Let me take your temperature."の「体温を測りましょう」はどうでしょうか。
「写真を撮る」と「体温を測る」は日本語でみると無関係な表現のように思えますね。でも、英語ではtakeが共通して使われています。
「体温を測る」の場合は、体温計を当て、体温を数値として体温計に取り込むというところにtakeが生かされているのです。つまり、take a pictureとtake one's temperatureには共通のイメージがあるということがわかりますね。
電車に乗って行く
"I take the train to work."は「仕事には電車に乗って行く」という意味合いですが、このtake the trainは「交通手段としてバスや自動車ではなく、電車を選択肢として自分のところに取り込む(=選ぶ)」ということです。
連れていって
"Take me to the ballpark."は「私を野球場に連れていって」という意味ですが、このtakeも、イメージとしてはある人が私の手を取って(つまり、取り込んで)、そして野球場まで移動する、ということです。"Take me and go to the ballpark."と表現することもできます。
傘を持っていく
"Don't forget to take an umbrella when you go out."(出かけるときは傘を持っていくのを忘れないで)も「傘を手にして出かける」ということです。
時間を要する
takeには"It takes three hours to get there."という言い方があって、「そこに行くのに3時間かかる」の意になりますが、この「時間を必要とする」というtakeも、どこかに行くということ、そのことが時間として3時間分を取り込むというイメージから3時間を要する、必要とするという意味になるのだと考えるとすんなりと理解できると思います。
我慢できない
"I can't take it anymore."は「もう我慢できないよ」という意味です。もうこれ以上取り込めないということです。
基本動詞を使いこなすには
基本動詞を使いこなすためのヒントは、putであれ、takeであれ、少なくとも3つの例を同時に示すことです。これを「3用例同時提示の原則」と呼びましょう。
3つの用例を同時に示す目的は、学習者に「put=置く」や「take=取る」のような安易な理解をさせないためです。
たとえば、putであれば、以下の3つ(いろいろな使い方であれば違う例でもかまいません)を提示します。
Put an 84-yen stamp on the envelope.
(84円切手を封筒に貼りなさい。)
Let's put the cat out.
(ネコを外に出しましょう。)
The girl is putting a coin into the piggy bank.
(少女が貯金箱に小銭を入れています。)
すると、「put=置く」という安易な理解はしなくなるはずです。putが使われる状況をたくさん経験すれば、自然にputのコア感覚のようなものが生まれてくるはずです。
ある程度の経験をした段階で「putってどんな感じの言葉かな?」と子供に問いかけると、「なんかこんな感じ」といって感じたままに手振りをしながら示してくれるでしょう。子供なりに、プッタブルな状況とかテイカブルな状況を考えて、どんどんputやtakeを新しい状況でも使えるようになったらしめたものですね。
田中 茂範(たなか しげのり)先生
PEN言語教育研修所所長・慶應義塾大学名誉教授。コロンビア大学大学院博士課程修了(教育学博士を取得)。
NHK教育テレビで『「新感覚☆キーワードで英会話』」(2006年)、『「新感覚☆わかる使える英文法」』(2007年)の講師を務める。JICA(独立行政法人 国際協力機構)で海外派遣される専門家に対しての英語研修のアドバイザーを長年担当。
主な著書に『コトバの「意味づけ論」―日常言語の生の営み』(紀伊國屋書店)、『「意味づけ論」の展開―情況編成・コトバ・会話』(紀伊國屋書店)、『幼児から成人まで一貫した英語教育のための枠組み-ECF-』(リーベル出版)、『表現英文法増補改訂2版』(コスモピア出版)、『意外と言えない まいにち使う ふつうの英語 きほんの英語』(NHK出版)他多数。