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専門家の先生による、英語教育に関する記事

教えず育てる英語教育を
自然言語とは

「自然言語」とは、子供が自然と獲得できる言語です。赤ちゃんは、その環境で話されている自然言語であれば、どんな言葉でも獲得できるわけで、そのような能力を脳に備えた状態で生まれてくるのです。つまり言語のはたらきは、人間に固有の「本能」なのです。

この事実に注目して「言語生得説」を唱えたのが、アメリカの言語学者ノーム・チョムスキーです。同時に、チョムスキーは、ギリシャ時代からの難問だった「プラトンの問題」を解決することにもなりました。

プラトンの問題とは、「子供が、聞いた経験のない文であっても、正確に、しかも自由に話せるようになるのはなぜか」という疑問です。言語能力が生得的ならば、文法などを学校で教わらなくても話せるという事実を説明できるのです。

生得性(先天性)とは、後天的な「学習」を必要としない、生まれつき備わった能力のことです。
詳しくは、近著『チョムスキーと言語脳科学』(インターナショナル新書)で説明しております。

英語は教えられない

ドイツの言語学者であり、1810年にフンボルト大学を創設したことで知られるヴィルヘルム・フォン・フンボルトの次の言葉を、チョムスキーが現代に伝えています。

「言語を本当の意味で教えるということは出来ないことであり、出来ることは、言語がそれ独自の方法で心の内で自発的に発展できるような条件を与えることだけである。(中略)各個人にとって学習とは大部分が再生・再創造の問題、つまり心の内にある生得的なものを引き出すという問題である」〔チョムスキー 著『統辞理論の諸相』岩波文庫 pp.127-128〕

「言語は教えられない」というこの考えは卓見です。本来、幼少の子供たちは、周りにある言葉を自然に(「それ独自の方法で」自発的に)苦もなく話せるようになるのであり、保護者や教師が「言葉の訓練」を施す必要などないのです。しかも、子供のもつ知能では、文法の精妙な規則性(たとえば動詞の五段活用)を自ら発見したり、理屈で理解したりするのは難しいでしょう。

つまり、学習や訓練によって言語を覚えるのではなく、「心の内にある生得的なものを引き出し」、言い換えれば脳の生得的な能力を発揮していくだけなのです。それはまさに、言葉を内側から「再生」しながら、周りの言語に合う形で「再創造」していく過程と言えるでしょう。

このように考えると、英語が話せるように育てることはできても、英語を「本当の意味で教える」ことなどできないのは明らかです。教えるのではなく、子供が本来もっている能力を伸ばしてやり、育てることしかできないのですから。英語の教師や、英語教育に熱心な保護者ほど、このことが盲点になりがちなのではないでしょうか。

自然習得のすすめ

どんな教育であれ、人間本来の生得性を正しく認識して欲しいと思います。生得性を知らずに無理に推し進めようとする教育や訓練では、歪みが生じてしまいます。

言語に限らず芸術や学問であっても、教育の真の目的は、自立性の基礎となる「生得的な能力」を引き出すことにあるのではないでしょうか。そして、チョムスキーの言語生得説を基礎とする「自然習得」こそが理想の教育だと私は考えます。

さまざまな教育法の中からどれを採用すべきか迷ったら、"Be natural"(自然であれ)という考え方をいつも念頭に置いて、最も自然な方法を選べばよいのです。

それには、母語話者(ネイティブ・スピーカー)が自然に話す言葉を繰り返し聞くことです。英語の歌でもいいですし、子供の大好きなアニメや映画でもよいでしょう。飽きずに繰り返し視聴できるものから、言葉は自然と吸収できるものです。

自然習得のすすめ

早期英語教育は自然習得が理想的

教師がいて評価がある人為的な教え方にさらされるよりも、早期に自然な言語環境に触れさせる方が理にかなっています。

その意味では、母語に近い環境で育てることが一番の理想となります。家族が異なる言語を話すのならば、自然と多言語環境の元で育てることになり、子供は言語間の共通点と相違点を、方言の特徴などを含めて同時に吸収できるという利点があります。

また、自然な言語環境とは「音ありき」です。母親が幼児に対して、やや高い音でゆっくりと抑揚をつけて話す、マザーリーズ(母親言葉)は、音声の特徴がわかりやすく分節化されていて、特に乳幼児に対しては言語獲得を促す効果があると考えられています。

これまでの英語教育の問題点

日本語のみを母語とする保護者が、無理に英語で話そうとするのは、不自然な言語環境です。さらに、アルファベットを教えることから始めようとする教育は、音声に含まれる抑揚などの重要な音韻情報を欠いているという点で、やはり不自然な方法です。

ネイティブ・スピーカーの英語が聞けるようなCDやDVDを日常的に視聴することに加えて、海外から来日されている人が周りにいれば、積極的に話してみたいものです。

また、単語の暗記などから始めるような教育も、文の成り立ちを無視した人為的な手法なのです。単語だけをいくら覚えても、決して文で話せるようにはなりません。単語さえ学べば文が自在に作れると思ったり、文より単語の方がやさしく効率的だと考えたりする大人の発想が、そもそもの誤りなのです。

3語以上からなる文が生み出させるようになって初めて、いろいろな単語による表現の幅(つまり「再生・再創造」)が増すのです。英単語だけを教えることが全く無駄になるというわけではありませんが、言語の生得性という観点では、十分な効果を期待できないのです。

「できるだけ短時間の学習で効率よく英語を身につけたい」といった願望は、徹底的に捨て去る必要があります。子供の言語獲得が大人より圧倒的に速いように見えるのは、まさに生得的な能力のなせる業なのですから。しかも言語の獲得能力は、大人になっても決して消え去るわけではありません。自然習得を重視した育て方こそがいちばん大切なのです。


酒井邦嘉先生

酒井 邦嘉(さかい くによし)先生

1964年生まれ。東京都出身。東京大学 大学院理学系研究科 博士課程修了 理学博士。1995年ハーバード大学医学部 リサーチフェロー、1996年マサチューセッツ工科大学 客員研究員を経て、1997年より東京大学 大学院総合文化研究科 助教授・准教授、2012年より同教授。2002年第56回毎日出版文化賞、2005年第19回塚原仲晃記念賞受賞。専門は言語脳科学および脳機能イメージング。著書に、『言語の脳科学』『科学者という仕事』『科学という考え方』(中公新書)、『脳の言語地図』『ことばの冒険』『こころの冒険』『脳の冒険』(明治書院)、『脳を創る読書』『考える教室』(実業之日本社)、『芸術を創る脳』『高校数学でわかるアインシュタイン』(東京大学出版会)、『チョムスキーと言語脳科学』(集英社インターナショナル)などがある。

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