専門家の先生による、英語教育に関する記事

田中先生

はじめに

まず「英語脳」とはどういうことでしょうか。専門的に「英語脳」という用語があるわけではありませんが、英語業界ではよく耳にする言葉です。

ざっくり言えば、日本語に慣れ親しんだ脳を英語でも操れる脳にすること。これが「英語脳を作る」ということです。
子供でも大人でも、日本で生活していると、何かを見て、英語より日本語がとっさに出てきます。これは自然なことです。

英語のネイティブの先生が小学校1年生に英語を教えているという状況を想定しましょう。先生は何かの写真を指して、"Look, this is a refrigerator. Repeat after me. Refrigerator. Refrigerator."(ほら、これは冷蔵庫だよ。後について言ってみて。『冷蔵庫』『冷蔵庫』)と言い、生徒もその指示に応じます。

先生は、モノを指して、日本語を介さずダイレクトに英語を教えようとしています。しかし、先生がいくら日本語を使わないで英語を口にしても、指さしている対象を見た瞬間に、生徒の頭には「冷蔵庫」という言葉がまず思い浮かぶはずです。そして、「『冷蔵庫』のことを『リフイターというんだ」と日本語を通して英語の意味を理解するでしょう。

しかし、refrigeratorという語の使い方に慣れてくれば、その対象を見て、日本語を思い浮かべることなく、直接"That's a refrigerator."と言えるようになるでしょう。これが「英語脳」の第一歩です。

3つの問い

英語脳になるということは、すなわち、英語力を身につけるということであり、英語を自然に使うことができるようになるということです。

そこで、疑問が出てきます。だれでも、英語力を身につけ、英語脳を作ることができるだろうか、という問いです。
そして、どういう条件の下で、それは可能か。これが2つ目の問いです。
さらに、仮に条件が十分に満たされない場合でも、英語脳を作ることができるのか、という3つ目の問いがでてきます。以下、それぞれについて簡単に説明します。

 1.だれでも英語力を身につけることができるのか?
 2.英語力が育つ条件は何か?
 3.日本で英語脳を育てるには?

1.だれでも英語力を身につけることができるのか?

結論を先にいうと、英語は、だれでも身につけることができるようになります。日本語を例に考えてみると、生まれもった才能などは関係なく、日本語を母語として使用する両親に育てられた子供は、自然に日本語を話しています。

しかし、母語はそうだが、外国語になると事情が違うのでは、と思われるかもしれません。この疑問に対して、回りを見てみるといいでしょう。外国出身の相撲力士たちは日本語が上手だと思いませんか。テレビなどでも日本語が流暢な外国出身のタレントを見る機会が増えていますね。

彼らは日本語を学ぶ特別の才能をもっていたから日本語ができるのでしょうか。そうとは思いません。必要があるから、日本語を使い、日本語が上達したのだと考えるのが自然でしょう。

僕は長らく、JICA(独立行政法人 国際協力機構)で海外派遣される専門家に対しての英語研修のアドバイザーをしてきました。青年協力隊だけでなく、「シニアボランティア」という人たちの活躍が日本の国際協力事業を支えています。

シニアといえば50代後半、60代の方々も少なくありません。赴任先がバングラディッシュの場合はベンガル語を、スリランカの場合はシンハラ語を学びます。

60歳になって全く未知の言語を身につけることができるのかと思われるかもしれません。しかし、驚くことに、ほとんどのシニア隊員たちは、赴任先の言語を習得し、文字と声の両方でかなり機能的なやりとりができるようになります。

このように、必要があれば、だれでも外国語は身につけることができるということです。そして、子供は大人より、外国語の習得が得意であるということは、一般論としては間違いないと思います。

2.英語力が育つ条件は何か?

では、学校で英語を10年も勉強しているのに、英語が上手く話せないという人が多いのはどうしてかという疑問がわくと思います。もちろん、だれでもやれば英語はできるようになるにしても、どういう環境で、どう学ぶかが肝心です。

英語学習が成功する条件には、次の3つがあげられます。

 1.Language Exposure=英語のインプット
 2.Language Use=英語のアウトプット
 3.Urgent Need=英語を使う必要性

Language Exposureとは、英語に触れること、すなわち英語のインプットです。そして、Language Useとは、英語を使うこと、すなわち、アウトプットです。

このインプットとアウトプットの十分な質と量の条件に加え、英語を使う必要性が感じられるという3つ目の条件が整えば、英語力は身につくということです。

田中先生

例えば、親の仕事の関係で子供A君が英語圏に行き、現地校で学ぶというケースを考えてみましょう。そこでは、英語が生活言語であるため、"英語のインプット"の条件は満たされます。そして、A君は、日常を生きるため、自分にとって意味のある英語に触れ、英語を使うことから、"英語のアウトプット"の面も満たされます。

そして、そこでは、英語を使わなければ生活できないという"英語を使う必要性"の条件も当然満たされます。英語圏で生活する状況では、ここであげた3つの条件が満たされており、そこで英語脳が自然にできあがるでしょう。

日本の学校で英語を学ぶ状況ではどうでしょうか。まず、触れる英語の量(インプット)が大幅に不足しています。学校では英語を使う量(アウトプット)もあまりありません。

量だけでなく、質においても難があります。学習者一人ひとりにとって意味があり、自分事として受け止めることができるような英語学習にはなかなかなっていないからです。

すると、教室で学ぶ英語では、質量のいずれの条件においても十分でありません。そして、"英語を使う必要性"の条件も満たされることは稀です。

日本に来て、日本語力を身につける外国出身の相撲力士もタレントも"英語を使う必要性"を強く感じたから日本語を身につけることができたのだし、JICAのシニアボランティアの人たちも赴任先の現地語を学ぶことができたのだといえます。

日本にいても、上であげた3条件を満たすような英語学習環境を作り出すことができれば、原理的には、英語学習は成功するということになるでしょう。しかし、現実問題として、それは容易ではありません。
そこで、「3条件を満たせない環境でどうすれば英語脳を作ることができるのか」が3つ目の問題として出てきます。

3.日本で英語脳を育てるには?

上記の条件をなかなか満たせない日本でも、英語への取り組み次第で、英語脳に近づくことはできるはずです。そのためには、「英語の日常化」が鍵になります。たとえ英語に触れ、使う量が限られていても、日常的に英語に触れ、使う時間を設けるということです。毎日、当たり前に、英語と向き合う時間を設けるということです。

筆者は、外国語学習においては、「継続は力なり」は真であると確信しております。世の中には、「こんなに早く、簡単に英語をマスター可能」なんてことを謳い文句にした商品がありますが、外国語の習得には時間がかかります。「早く、簡単に」とは、いかないのです。

毎日、英語に向き合う時間を確保したとします。問題は、そこで何をするかです。できることはいろいろありますが、ここでは、英語脳の素地を作るためのポイントをひとつだけ紹介します。

英語脳を育てるにはまずは、音声表現力に重点を移す必要があります。そこで必要なのが、音慣れ、口慣れを通して耳慣れを行うという考え方です。

子供は、それが母語の習得であれ、第二言語の習得であれ、文字を読むのではなく、音を聞いて、その言語でやりとりができるようになります。その際に、音の印象(sound impression)のようなものを身につけていると考えられています。英語脳は、音を通してできあがるのです。

ある動物を見て、dogという文字ではなく、/dˈɔːg/ という音印象を連想します。私たちは、businessという単語を「ビ・ジ・ネ・ス」と4音節で読んでしまいがちです。英語では、・ナのように2音節で発音します。questionだって「クエスチョン」ではなく、エス・チャのような響きになります。こうした音の印象をたくさん作っていくことが、英語脳の素地になります。

しかし、日本人学習者の場合、たいてい、文字を通して英語を学びます。そして、日本語の影響を受けた読み方をします。英語の音を作るための「口作り」ができていないのだから、日本語的な読み方をするのは当たり前のことです。

しかし、日本語的な読み方は、英語の音印象を形成するには悪影響を与えてしまいます。「テントを張ろう」の意の"Put up a tent."を例として取り上げてみましょう。
日本人の中高生にこれを発音してもらうと、たいてい「プット アップ ア テント」となります。しかし、自然な英語で実際に聞こえる音は、以下の「音イメージ」に近い音です。

 "Put up a tent."
 英語の音イメージ:プゥタップァ

"put up a"プゥタップァ」のような音の連続になり、"tent"の語頭のtははじけるような音になり、語尾のtは飲み込まれ、軽く/ト/を添える感じになります。英語脳の素地を作るには英語の音イメージで"Put up a tent."を捉える必要があるのです。

毎日英語に向き合う中で、「音慣れ」から「口慣れ」に、そして「耳慣れ」を実践することが大事です。これは、だれでも、簡単に実践できる方法です。英語をたくさん聞けば、英語の音に慣れることはできるでしょう。

しかし、聞いているだけでは、十分ではありません。そこで、口慣れが必要なのです。すなわち、自分でも聞こえた英語を口で再生できるようになることです。自分でも発音できる音は、聞き取ることもできるはずです。

口慣れは英語で何かを表現する際の「思考回路」の形成に有用なだけでなく、口慣れにより耳慣れが進めば、たくさんの良質の英語のインプットを取り込むことができるようになります。

単語でもフレーズでも文でも会話でも、自然な英語に耳を傾け、音声的な特徴を押さえて自分でも口にしてみる。この作業の繰り返しを続けていると、「継続は力」になってその効果が現れてくると思います。ぜひ、実践してみてください。


田中先生

田中 茂範(たなか しげのり)先生

PEN言語教育研修所所長・慶應義塾大学名誉教授。コロンビア大学大学院博士課程修了(教育学博士を取得)。
NHK教育テレビで『「新感覚☆キーワードで英会話』」(2006年)、『「新感覚☆わかる使える英文法」』(2007年)の講師を務める。JICA(独立行政法人 国際協力機構)で海外派遣される専門家に対しての英語研修のアドバイザーを長年担当。
主な著書に『コトバの「意味づけ論」―日常言語の生の営み』(紀伊國屋書店)、『「意味づけ論」の展開―情況編成・コトバ・会話』(紀伊國屋書店)、『幼児から成人まで一貫した英語教育のための枠組み-ECF-』(リーベル出版)、『英語習慣をつくる1日まるごと表現600プラス』(コスモピア)他多数。

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