専門家の先生による、英語教育に関する記事

伊藤克敏先生近影

神奈川大学名誉教授 伊藤克敏 先生にお話しを伺いました。

たくさんのインプットを経て、少しずつアウトプットを始めた 我が子の様子を喜ぶー方で、ふと気になるのが、明らかな「言い間違い」。

このまま間違った言い方を覚えてしまうのでは・・・?

と心配になる方もいらっしゃるかもしれませんね。

今回は、そんな子どもの「言い間違い」について伊藤先生に伺いました。

言葉の習得に「間違い」はつきものです

言葉というものは、例え母語であっても、最初から正しく話すことはできません。お子さんが日本語を習得した過程を思い出してみてください。例えば「車が来た」という単純な表現であっても、「ブーブー、来た」、「車、来た」というように、単語そのものを自分の言いやすい言葉で言い換えたり、助詞を省いた言い方をしたりしながら、やがて「車が来た」という正しい表現を身につけたのではないでしょうか。

英語を母語とする子どもたちももちろん同様です。複数形の"s"や三単現の"s"を最初から正しくつけられる子どもはいませんし、現在進行形のbe動詞もほとんどの子どもが最初は省いてしまい、"He playing."などと平気で言っています。日本人にとって難しいとされる"r"と"l"の発音も、小さいうちはおぼつかないですし、"outside"を「アウチャイド」などと発音することもあります。私がボストン大学に研究員として滞在していたとき、2~3歳の子どもたちの言葉のやりとりを観察する機会を得たのですが、そのときの録音テープには、「粘土で何をつくるの?」という質問に対し"Me gonna(going to)make a rabbit."と答えるなど、たくさんの言い間違いが記録されています。これは"I"と"me"を言い間違えているほか、be動詞も抜けていますね。

日本語においても英語においても、知能や肉体的な能力(正しく発音するための舌の運動能力)は年齢に応じた限界があり、それを超えたものを子どもは無理にやろうとはしません。私はこれを「棚上げ」と呼んでいるのですが、子どもは本能的にそれを行っていて、知的・肉体的な成長とともに、その棚から必要なものを降ろしていき、徐々に正しい言葉を習得していくのです。興味深いことに、それがなければ意味が通じない部分が「棚上げ」されることはほとんどなく、逆に、「なくても意味は通じる」部分は容赦なく「棚上げ」される傾向があります。確かに、前出の"He playing"も正しい表現ではないですが、意味が通じないことはありません。でも、もし"He"や"playing"が省かれてしまうと、もはや意味がわからなくなってしまいます。言葉の骨格となる部分を、子どもたちは無意識のうちに理解しているのかもしれませんね。

理解が進んだからこそ、の間違いも

言葉の習得の過程において、「間違い」は、避けて通れないことであるのと同時に必要なことでもあります。有名な英語教育学者であるハロルド・E・パーマーも"Errors are necessary steps for learning."(間違いは言葉を学ぶうえでの必要なステップである)と言っています。

例えば、不規則動詞である"eat"の過去形は"ate"ですが、これを正しく身につけるのは非常に難しく、ネイティブの子どもでも"I eated an apple."などという段階があります。おもしろいことに、覚えたての段階では"ate"という言い方ができていたにもかかわらず、"eated"になってしまう子どももいます。これはどういうことなのでしょうか?

最初の段階では、子どもは"ate"という言葉を単純にひとつのアイテムとして暗記します。いわば、オウム返しのようなものです。ところが、次の段階で、「動詞は過去形になると"-ed"がつく」という規則を知ると、"ate"とは別に"eat"の過去形を"eated"だと考える「間違い」をするようになります。つまり、これは、知識が増えたからこそ起こる「間違い」であり、過去形というものへの理解が進んだ証拠でもあります。さらに、不規則動詞という存在を知る次のステップを経て、最終的に"ate"という正しい表現を身につけるわけですが、それは、最初に発していた"ate"とは全く異質のものだといえるでしょう。"eated"という寄り道は"ate"という言葉の本質的な理解のために欠かせないものなのです。

正しいインプットが間違いの固定化を防ぎます

ディズニーの英語システムでネイティブ・スピーカーの子どもたちと同じような過程で英語を学んでいるお子さんであれば、ネイティブ・スピーカーと同じ現象が起こるのはあたりまえで、むしろ良い傾向だともいえます。親御さんのなかには、間違いを厳しく指摘され、テストで減点された学生時代の苦い思い出があり、間違いに神経質になってしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、言葉というのは本来、覚えたり、勉強したりするものではなく、成長とともに身につけていくものです。もちろん、いつ、どのステップに進むのかは個人差がありますが、習得までの過程のなかで「間違える」ということは欠かせないステップなのだということをしっかり理解していただきたいと思います。

もちろん、間違いを正していくには、十分な正しい英語環境を与え続けることが大切です。間違いをうるさく指摘するのは逆効果で、正しい英語を聞かせたり、返したりしてやればそれでよいのです。例えば、"He come here everyday."というふうに、三単現の"s"を落とした子どもに対し、ネイティブ・スピーカーのお母さんは"Oh! Does he?"のような正しい表現で返します。自然な形で正しい英語環境を与え続けていれば、間違いが固定化することはありません。そういう環境のなかで、子どもは自ら自分の間違いに気づき、自分で調整し、最終的に正しい言葉を身につけるのです。自分の間違いに自分で気づけば、子どもは学びに対してもっと積極的にもなります。

みなさんも、お子さんが言葉(日本語)を話し始めたときは、間違いさえもかわいらしく、ほほえましく感じる余裕があったはずです。言葉を習得しようとしている子どもにとっては、そういう親の姿勢こそが最高の環境になります。英語学習においても、その姿勢をぜひ心がけていただきたいと思います。

伊藤 克敏 先生

神奈川大学名誉教授
日本児童英語教育学会(JASTEC)顧問
英国国際教育研究所(IIEL)顧問
国際外国語教育研究会会長

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