(後編)発達脳科学が解き明かす、英語ネイティブ脳のつくられ方
2016.11.21
二人の英語回路 決定的な差はスタート時期の違いにある
渡辺さんは英語力が高く、現在も仕事で英語を使う機会がある。にもかかわらず、どうしてこのような差が出てくるのだろうか。
「結論から言うと、英語を始める時期がかなり遅かったからです」と、発達脳科学が専門の大井静雄先生は言う。
「人間の脳の形態の80パーセントは胎児期に完成します。生まれた瞬間の赤ちゃんの脳細胞の数は約140億個。この脳細胞が外部からの刺激を受けてニューロンが活性化し、他のニューロンと結合して、言語や連動に必要な『回路』を形成していきます」
一方で人間の脳細胞は、年間に約1億個ずつ減っていくのだという。使わない回路が自然に省かれていくからだ。
「そもそも赤ちゃんの脳には、どこの国で生まれ育ってもいいように、地球上のあらゆる言語に対応できる能力が備わっています。しかし、日本語しか聞かない環境に長く置かれると、脳には日本語の回路しかつくられません。ここに、祥太くんと渡辺さんの脳の回路の差があるのです」
▲赤ちゃんの脳には、世界中の言語を聞き分ける能力があるが、日本語以外の音にふれる機会がないと、その能力は失われてしまう。
祥太くんは、胎児のときから日本語と英語の両方に触れながら育ってきた。つまり、祥太くんの脳には、日本語の回路とともに英語の回路もつくられている。だから、まるで英語が母国語であるかのように、ネイティブ・スピーカー並みの発音ができるのである。
一方、渡辺さんが英語を始めた中学生のときには、すでに日本語の回路が完成されていた。「完成されてしまった回路に新たな言語の回路をつくりだすのは、大都会に新しく高速道路を造るようなもので、とても大変なこと。逆に母国語の言語の回路が完成しきっていない3歳くらいまでなら、何もない野原に高速道路を造るように、とても簡単にできるのです」
子供の心身の発達を無視した日本の英語教育の問題点
「発達脳科学の立場から見ると、日本の英語教育はとても不自然なのです」と大井先生は言う。
本来、言語は脳や体の機能の発達に応じて習得されていくものなのだ。妊娠6ヵ月ごろから、胎児には外部の音が聞こえ始める。生後、視覚の発達とともに、音や声と目で見たものを結びつけて意味を理解するようになる。
さらに、運動系の能力が備わる1歳前後から、聞いた言葉を真似て発語し始める。2~3歳くらいで思考力が備わってくると、会話ができるようになり、5歳くらいから文字を書く練習が始まると、言葉を書けるようになる。このプロセスは、日本語に限らずあらゆる言語の習得に共通する。
今では、小学校の授業にも英語が必修科目となったが、従来の日本の英語教育は、中学生からスタート。その内容は、スペルを文字として読んで書いて覚え、発音し、その英語の意味を日本語に訳して覚えるというプロセスを踏むというもの。
「『読み』『書き』から始まる言語習得法は、発達脳科学的にみれば、極めて不自然なプロセスです。英語を身につけるときにも、私たちが日本語を身につけたときと同じように、『聞いて』『真似する』方法でなければいけません」
英語のスタートは3歳までが絶好の時期
実際に、渡辺さんの場合は、数百万円もかけて英会話教室に通ったり留学したりと、大変な時間とお金をかけて英語を習得している。それでも「微妙な英語だとよく聞き取れない」と言う。さらに、発音でも前述のような祥太くんとの差がある。
「その理由は、人間の脳は、生まれてから3歳までの間に、ものすごいスピードでニューロンが発達し、回路がつくられるからです」
英語の音は「1808音」あるのに対し、日本語の音は「108音」しかないことが、日本人が英語を苦手とする理由のひとつとされているが、その聞きとりや発音についても、3歳までにその音に触れているかどうかが影響するともいわれている。
「とにかく3歳までの赤ちゃんの脳は成長のピークなのです。健康に育てるだけでは本当にもったいない。このゴールデンエイジを見逃してはなりません!」と大井先生は断言した。
出典:プレジデントBaby2011年9月15日発売号掲載タイアップ記事