英語は語順が重要とよく言われます。たとえば、猫が犬をひっかいたとすると、日本語では「ネコがイヌをひっかいた」と言いますが、「イヌをネコがひっかいた」でも通じます。「てにをは」と呼ばれる便利な助詞が存在するおかげで、どれが主語でどれが目的語か一目瞭然だからです。
一方、英語で同じことを言おうとすると、The cat scratched the dog.となります。でも、catとdogの位置を入れ替えることはできません。意味が変わってしまうからです。助詞がないため、この文におけるSVO(主語+動詞+目的語)の形(語順)は不動です。
興味深いのは、このような語順のルールを英語ネイティブの子供はいつ、どうやって覚えるのかということです。
言語の発達段階--子供の発話に「語順」が現れるとき
乳幼児期の言語発達段階は、不思議なことに日本語と英語ではあまり差が見られません。
年齢と言語発達の関係の中で、語順がいつ英語話者の子供の発話に現れるかを見てみましょう。
通常0歳~1歳に満たない赤ちゃんは、まだ言葉らしきものを発しません。
3カ月頃から鳩の鳴き声のようなクーイングやうがいの音のようなガーグリング、6カ月頃よりバブリング(ma-ma-ma-ma/da-da-da-daのような喃語)が始まります。この頃の赤ちゃんがこのような連続音を発するのは世界共通の現象です。
1歳~1歳半くらいになると、多くの赤ちゃんはfirst word(最初の言葉)を発するようになります。でもまだ発音ははっきりしません。
おかあさん、おとうさんを意味する"mama" "dada"のほか、"mo(=more)", "ba(=ball)", "nana(=banana)" "wara(=water)"など、欲しい物、興味を持っている物の名前を言ったりします。
子供は、2歳くらいまでに言葉の数が急激に増え、大人の質問や指示を理解できるようになります。個人差はありますが、2つや3つの単語を組み合わせて使える子供もいます。
"more juice"(ジュースもっと欲しい)、"bye nanny"(ナニーさん、ばいばい)、"no veggie"(野菜はいらない)などのほか、"Dog bark"(イヌほえる)のような主語+動詞の形も現れ始め、すでに語順のルールを理解しはじめていることがうかがえます。
そして、3歳頃までに子供の言語は大きな発展を遂げます。ほとんどの子供が複数の単語を使い、"(I) want more juice."(ジュースがもっと欲しい)、"He took my ball."(あの子がぼくのボールをとった)など、ルールに従った語順に近い文を作れるようになります。
4歳頃までには、さらに言葉への関心が増え、色や数、時間なども理解するようになります。"I caught a ball."(ぼくはボールをとった)と言うべきところを "I catched a ball."のように、間違った文法で話すこともしばしばありますが、文はかなり完成形に近づいています。
さらに5歳になる頃には、物事の順序を理解できるようになります。"First we are going to the shop, next we will play in the park."のように、論理だって物事を考え、時間の経過を表現し、"and" "but" "then"などを使って長めの文を作ることもできます。5歳を過ぎると不思議なことに、英語でも日本語でも、大人顔負けの会話レベルになることがよく知られています。
英語を外国語として学ぶお子さんの場合、いつ頃から語順を教えるべき?
これまで見てきたように、子供が言語を覚えるのには順序があり、それなりの時間がかかることがわかります。
では、外国語としての英語学習は、年齢や学習に適した時期を考え、それまで待ったほうがよいのでしょうか?
いえ、おそらくそうではないと思います。
赤ちゃんからある程度の年齢になるまで、子供は大人の発話から言葉を学んでいます。受け取った大量のインプットをデータとして脳に蓄積し、頭の中でそれらを解析しながら、言葉の意味やそれらの関連性、語順などの文法ルールを着々と習得しているのです。
ですから、お子さんが英語の語りかけに言葉で反応しなくても、親御さんは焦ることはありません。子供はちゃんと理解しています。言葉で返すこと(アウトプット)については、「ただいま準備中」なのです。
従ってインプットとしての英語は、年齢や時期に関係なく、できる限りたくさん聞かせてあげましょう。特に、語学学習の黄金期と言われる0歳~3歳までの間は母語の干渉も少ないため、英語をインプットするのにもっとも適した時期だと言えるでしょう。
また、ときには親御さんが簡単な英語でお子さんに話しかけ、親子で会話する行為(インターアクション)を取り入れるとよいと思います。いくつかの例を以下にご紹介します。
親子の会話は、「肯定」と「反復」で育もう!
英語話者の子育てでは、お子さんが何らかの発話(それがクーイングであってもバブリングであっても)をした際、「笑顔と反応("yes" "oh"と言うなど)」で返すことが重要だといわれています。そうした親御さんの行為によって、たとえ赤ちゃんであっても、話そう、コミュニケーションしよう、という気持ちが生まれるからです。
お子さんに英語で語りかける場合は、お子さんが聞きやすいように、ゆっくり、はっきりと十分な抑揚をつけて話してあげましょう。英語に自信のない親御さんも、本文でご紹介するような簡単な英語であれば、思い切ってお子さんに使ってあげてよいと思います。
それでも自信のない場合は、英語を話すことができるイベントに参加してみましょう。CDやDVDを活用するのもオススメです。
言語の獲得には、お子さんの言葉(または表情などの反応)を優しく受け止めてあげる(肯定)、親御さんがそのたびに同じフレーズを繰り返す(反復)ことが効果的です。お子さんの言葉が出そうで出ないときには、少し親御さんが手伝ってあげてもよいと思います。
実際の例を見てみましょう。
〇形容詞+名詞
色や動物は、かなり幼い子供でも興味を持ちます。動物の絵本を利用して、次のように会話してみましょう。何歳から始めても大丈夫です。
親:Look! It's a yellow bird.
(みてごらん!黄色のトリさんだよ)
子供:Yellow...
(きいろ...)
親:Yes, it's yellow. It's a yellow bird.
(そう、黄色だね。黄色のトリさんだね)
上の会話では、お子さんはyellowでなくてbirdに反応することもあります。そのときはYes, it's a bird.と肯定してあげましょう。
この形に慣れたら、今度はred bus(赤いバス)、green pencil(緑のえんぴつ)のように対象を入れ替え、形容詞+名詞の結びつきを教えてあげてください。
〇主語+動詞+補語(SVC)
こちらも何歳から語りかけても良いでしょう。目の前のクッキーを使って、次のように会話してみましょう。
親:This cookie is big.
(このクッキーは大きいね)
子供:Cookie, big.
(クッキー、おおきい)
親:Yes, it's big. This cookie is big.
(そう、大きいね。このクッキーは大きいね)
小さいお子さんは、もちろんbe動詞の役割など理解できません。3~4歳くらいまでは、完全な形で言うことすら難しいでしょう。でも繰り返し耳にすることで、いずれは文の構造を理解するようになります。bigという形容詞は、small/round/yummyなどに入れ替えて使ってみてください。
〇主語+動詞+目的語(SVO)
最後は少し難関のSVOの形です。冠詞を含め、文法的に正しく話すことはネイティブの子供でも小さいうちは難しいので、お子さんが完全な形で言えなくても心配することはありません。お子さんが質問を理解できないときは、英語の直後に日本語を補足してあげるとよいでしょう。
(動物の絵本を見ながら)
親:What animals do you see ?
(何の動物がいるかな?)
子供:Bear.
(くまさん)
親:That's right, it's a bear.
(そう、くまさんだね)
親:Do you see other animals?
(ほかの動物はいるかな?)
親と子供一緒に:I see a giraffe, I see an elephant, I see...
(きりんさん、ぞうさん、...がいる)
小さいお子さんの場合は、動物の名前が言えるだけでも素晴らしいです。お子さんにSVOを教えても大丈夫かなという気持ちに親御さんがなったら、異なる動物が出て来るたびに「I see+目的語(~がいる、見える)」の形を、親子一緒に何度も繰り返して言ってみましょう。そのうち、お子さんの口からも自然にこの形が出てきます。
いずれにしても、お子さんが言葉を発することができたら(または指差しでも、日本語でも)、Yes./That's right.などの言葉で肯定し、お子さんの前向きな態度を褒めてあげましょう。
お子さんがうまく言えなくても、間違いをしても、気にしないであげてください。「褒める、肯定するは、お子さんのやる気を引き出す!」と覚えておきましょう。
光藤 京子(みつふじ きょうこ)先生
執筆家、異文化コミュニケーション・英語教育コンサルタント。会議通訳、翻訳ビジネス、東京外国語大学などでの指導経験を生かした書籍、記事ブログを多数執筆。代表作の『働く女性の英語術』(ジャパンタイムズ)、ベストセラーになった『何でも英語で言ってみる! シンプル英語フレーズ2000』(高橋書店)のほか、『英語を話せる人 勉強しても話せない人 たった1つの違い』(青春出版社)、『英語だって日本語みたいに楽しくしゃべりたい リアルライフ英会話 for Women』(大和書房)、『伝わる英語 5つの鉄則』(コスモピア)など。最新作に『する英語 感じる英語 毎日を楽しく表現する』(ジャパンタイムズ)がある。