乳幼児期に大切なのは、自分の身の回りの生活体験をことばで表すために必要な「生きたことば力」だといいます。
日本語はもちろん、外国語の習得においても大切なことば力は、ただ単にたくさんの単語を暗記するだけでは育ちません。
ことば力・思考力・ことばのセンスを親子で磨いて外国語学習に役立てるには?
赤ちゃんの言語習得の謎を研究し、世界を舞台に活躍する認知・発達心理学者の今井むつみ先生に伺いました。
Q1. 赤ちゃんの言語習得はいつからどのようにはじまるのですか?
Q2. 乳幼児期のことばの学習で親が意識すべきことは何ですか?
Q3. 0歳からの絵本選び・読み聞かせを「英語の習得」に生かすなら?
Q4. 英語学習にもある「9歳の壁」の乗り越え方と乳幼児期の対策とは?
Q5. 英語を使って「ことばの力」を磨くには?
Q1. 赤ちゃんの言語習得はいつからどのようにはじまるのですか?
赤ちゃんの言語学習は、お母さんのおなかの中にいるときからはじまっています。羊水の中でお母さんの話すことばのリズムや抑揚を感じながら成長しているのです。
赤ちゃんの神経回路の中でも聴覚システムは触覚や視覚、嗅覚などよりもずっと早くから発達することがわかっています。お母さんの声や外界の音なども母体内にいる赤ちゃんの耳には届いているのですよ。
水の中で聞く音はくぐもっているため、ことばとしてはっきり認識することはできませんが、リズムのパターンを聞きながらその特徴を知覚し、音の並びや単語の区切りなどを学んでいます。
身近に存在するさまざまな外の音を聞きながら、「この音は言語として意味がある」「この音はことばではない」などと分類し、音から言語の手がかりを探っています。
日本語環境で育つ赤ちゃんは、日本語には「ん」ではじまることばがないことや、「あ」と「あぁ」の違いなどにも敏感になっていきます。
そして生後6カ月くらいで聞こえてくる会話からことばの法則を見つけ、少しずつ意味づけができるようになります。
ですから妊娠中や生まれて間もない赤ちゃんにたくさん語りかけたり、音楽を聞かせたり、親御さんが歌を歌ったりすることは赤ちゃんの言語の発達のために良いことといえます。
Q2. 乳幼児期のことばの学習で親が意識すべきことは何ですか?
赤ちゃんには個人差があり月齢によっても大きく異なるため、個々の発達段階に合わせた対応が必要になります。そのなかでも子供が小さいときに親にできるもっとも大切なことが、子供とたくさんお話をすることです。
十分なことばがけをしてもらった子供とそうでない子供では学力に差があるという研究データもあります。
スタンフォード大学の研究(※)では、アメリカで社会経済的地位(SES)が低い家庭の子供は、2歳の時点でSESが高い家庭の子供と比べて「ことば力」の差があると報告しています。
しかしその「差」というのは、単純に経済力の差ということではなく、所得の高い家庭の親には低い家庭の親と比べて次のような特徴があることがわかりました。
・子供への話しかけや子供の発話に対する返答が多い。
・子供へ話しかけるとき、適度に複雑な文をいう。
・いろいろな種類の単語を使ったり、違うことばや違う言い方で話しかける。
周囲の大人たちから子供へのことばがけの量と質が、子供の語彙の発達に大きく影響していたということです。
逆に、いくら経済的に豊かでもことばがけの方法が良くなければ、子供のことば力は育たないといえます。
「質の高いことばがけ」は決して難しいことではありません。たとえば次のことを意識してみましょう。
・子供とのおしゃべりを楽しみながら話す。
・子供の発達段階に合ったことばがけを心がける。
・乳幼児期には「赤ちゃんことば」やオノマトペ(擬音語・擬態語)によることばがけも効果的。
・同じ場面でも多様なことば、複数のいい方をする。
「捨てる」がわかりにくいようなら「ポイするよ」に変えてみたり、「うがい」を「ガラガラペー」といったり、子供の表情や反応を見ながらお話ししていれば誰でも自然にできることばかりです。
こういったことばがけは子供が5、6歳になって、よくおしゃべりをするようになってからも続けてほしいと思います。ことばの学習は、継続しなければ語彙の発達も止まってしまうからです。
良いことばがけは、一人ひとりによって違います。子供をよく観察し、成長に合わせてことばがけの幅も広げていきましょう。
※参考:Stanford Report, September25.2013
乳幼児期には「生きたことば力」を育むことが大事
乳幼児期には日常生活や遊びのなかで自分の体を動かすことが大切です。家の中だけで過ごすのではなく、公園に連れて行く、森で遊ぶなど、自然にふれる機会を増やしましょう。
遊びのなかでは大人が「これ面白いよ」と教えようとするのではなく、子供が主体的に面白さを発見できる手助けをしてあげることです。
この時期に、身のまわりの生活体験をことばで表すための「生きたことば力」がしっかり育てば、子供の学習能力の資源となる「自分で考える力」が育つのです。
Q3. 0歳からの絵本選び・読み聞かせを「英語の習得」に生かすなら?
赤ちゃんのときから絵本を読んであげることは、ことばの発達に非常に効果的です。ことばを覚えはじめる前の0歳児であれば、最初は色数の少ないシンプルなものを選んで、そこから絵について自由にお話ししてあげると良いでしょう。
赤ちゃんが知らないようなことばでも、身振り手振りなどジェスチャーを交えて読み聞かせてあげると語彙が発達しやすいという研究報告があります。
また犬のことを「ワンワン」、牛を「モーモー」といって聞かせるなど、絵本でもオノマトペを使ってあげると赤ちゃんはその音から意味を推測し、自分で思考力を育んでいきます。
内容を理解しているかどうかなどは気にする必要はありません。赤ちゃんを上手に絵本の世界に誘ってあげましょう。
図鑑・乗り物etc.英語の名詞はセンテンスにして語りかける
なかには乗り物や動物図鑑にしか興味を示さないお子さまもいると思います。無理にお話を強要しないで好きなものを見せてあげましょう。
そのとき、ただ単にモノの名前を読んで聞かせるだけでなく、何をするものなのか、どんな特徴があるかなど図鑑を題材に語りかけると良いですよ。
お子さまが興味を示せば、乗り物や動物の名前を「英語でなんていうのかな?」と聞いたり、英語の図鑑を見せてあげたりするのも悪くありません。
英語の名詞には可算名詞(数えられる名詞)と不可算名詞(数えられない名詞)があり、可算名詞には単数形と複数形があるので注意しましょう。Panda、Lionなど、単語だけを取り出してしまいがちですが、
This is a panda.
(これはパンダだね。)
There are two pandas.
(パンダが2頭いるね。)
Those are lions.
(あれはライオンだね。)
という具合に、英語のセンテンスとして語りかけてあげることをオススメします。
お気に入りの絵本は何度でもくり返して読んであげてください。好きな本なら10回でも20回でも1回ごとに別な読み方ができます。人はくり返しからとても多くのことを学びます。
Q4. 英語学習にもある「9歳の壁」の乗り越え方と乳幼児期の対策とは?
幼稚園や英会話スクールに通って英語が好きだった我が子が、高学年になるとのび悩んでしまうという保護者の方の話をよく聞きます。
小さな頃から英語をはじめていれば、「9歳の壁」は問題にならないと思わないでください。基本的に日常生活に必要ないものを子供に学習させるのは簡単ではないのです。
世界でもっとも国民の英語能力が高い国として知られるフィンランドは、英語が母語ではありませんが、老若男女問わず英語を流ちょうに話します。
フィンランド語とスウェーデン語の公用語に加え、サーミ語が準公用語という多言語の環境にあり、大人がバイリンガル、トリリンガルなのは当たり前。
英語教育は小学1年からはじまりますが、もともと多言語を聞いて育つために外国語を学ぶことに抵抗がありません。これは同国の英語教育が成功している要因のひとつといえます。
またフィンランドではイギリスやアメリカで作られた英語の子供番組がたくさん放映されています。字幕はつけても吹き替えはしないため、文字がまだ読めない幼児は大好きな番組を理解するために自然に英語力を身につけます。
勉強としてではなく、英語は日常生活に欠かせないスキルなのです。子供は楽しいことには大いに興味を示します。
日本語の環境であっても、親が楽しそうに英語を話していたり、親子でいっしょに英語で楽しく遊んだりするのは良いことです。
一方、「英語を学ばせなくては」と思っていると、子供は英語を「お勉強」と感じてしまい、先々英語嫌いになってしまうかもしれません。勉強・遊び・生活を区切らないことが大切といえます。
Q5. 英語を使って「ことばの力」を磨くには?
英語で学習したことを「生きた知識」として使えるようになるためには、英語を「暗記する」のではなく、日本語との違いを探求して楽しむことです。
たとえば日本語に「もらう」や「くれる」、「あげる」という表現がありますが、英語ではどちらもgiveを使います。
ことばを比べながら言語の特徴に着目し、「こういう使い方をするのか」と発見したり、「この言葉、知らなかった!」と気づくこと。
ことばの違いに注意を向ける習慣づけは、外国語の習得においてとても大事です。
「ことばのセンス」を磨いて豊かな語彙を身につける
文脈に合わせて似た意味のことばと関連づける力、文章を推論し、単語の意味を自分でどんどん太らせていく力、抽象的なことばの意味を本質まで理解する力。こういう力を私は総じて「ことばのセンス」と呼んでいます。
ことばのセンスがあれば、知っている英単語の意味が文脈に合わないときにもその意味を考え直し、自分の力で正しく理解しようとするでしょう。知っていることばが自然に増えるだけでなく、語彙を豊かに成長させていくことにも役立ちます。
小さい子供は大人よりも外国語を覚えやすい。これはおおかた間違いではありませんが、小さい頃に大切なのは「英語の知識」を入れることではありません。
ことばのセンスと自分で学び方を考える力を育てることです。この2つの力があれば、英語に限らずどんな外国語も生きた知識として身につけることができるようになるでしょう。
これからの時代に世界で活躍する大人になるには、自分の考えをきちんとアウトプットする英語力が求められます。定型的な挨拶、日常会話なら翻訳機でも十分です。
相手がしゃべっている内容がわかるだけでなく、文脈や意図、文化的背景を理解しながら議論ができるレベルになることです。英語を学ぶ意義がそこにあると私は考えています。
間違いや失敗をくり返しながら自分で考え、果敢に英語と向き合い、また新たな発見をする...。
辞書に書いてあることだけを鵜呑みにするのではなく、思考するプロセスを楽しみ、自分の中の英語の辞書を広げていける大人になってほしいと願います。
そのために、小さい頃から親子でことばのセンスを磨きましょう。大人は子供の興味や関心にとことんつき合いながら、子供と接するセンスを磨いてください。
日本語、英語という言語の枠を超え、世界に通用する外国語の達人になる準備をはじめてはいかがでしょうか。
取材を終えて
お母さんのおなかの中にいるときから「ことば」を学習しはじめている赤ちゃん。
その優れた能力を最大限に引き出してあげるには、小さい頃から親が我が子を観察し、発達段階に合ったことばがけで子供の良き話し相手になってあげることが大事なのですね。
親子でいっしょにことばの不思議を楽しんでみてはいかがでしょうか。
先々の英語力アップにつながる素晴らしいヒントが見つかるかもしれません。
プロフィール:今井 むつみ(いまい むつみ)先生
1994年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得。慶應義塾大学環境情報学部教授。専攻は認知科学、言語心理学、発達心理学。赤ちゃんや幼児を対象に実験をしてわかったことを論文にて発表し、世界を舞台に活躍。著書に『ことばと思考(岩波新書)』『学びとは何か―〈探究人〉になるために(岩波新書)』(共に岩波書店)、『親子で育てることば力と思考力』(筑摩書房)など多数。