18年間のインターナショナルスクール教員としてのキャリアを活かし、日本におけるバイリンガル教育の情報を提供する川崎美智子さん。
2007年に、同スクール教員らとともに英語で教科を教える「マリースクール」を開講し、2019年には算数や理科などの自然科学を英語で教えるSTEAM教育を取り入れた英語塾「エプシロン」をスタート。幼少期からの英語教育によって自身のお子さまをバイリンガルに育てあげ、現在は英語をはじめとする総合教育コンサルタントとして多くの教育現場で国際人育成の支援に努めています。
今回は、日本の子供が生きた英語を身につけるために必要な幼児期の学習法とバイリンガル子育てのコツを伺いました。
Q1. 幼少期にお子さまは英語をどのように身につけたのですか?
Q2. 数学・理科を英語で学ぶメリットと「STEAM教育」について教えてください。
Q3. 家庭で簡単にできるオススメの学習問題はありますか?
Q4. 両親が「英語が苦手」でもOK?バイリンガル教育の注意点とは?
Q5. 「フォニックス」学習をはじめるなら、いつ頃からが良いですか?
Q6. バイリンガル子育てのアドバイスをお願いします。
Q1. 幼少期にお子さまは英語をどのように身につけたのですか?
私はもともと公立中学校で国語の教員をしていましたが、その後インターナショナルスクールに転職したのを機に、娘をインターナショナル幼稚園に入園させました。その頃、当時4歳だった娘を連れてオーストラリアの語学研修に参加したことがありました。研修中は施設内のチャイルドケアセンターに娘を預けたのですが、1年というわずかな期間に娘はたくさんの英語を覚えました。
現地では中国人、台湾人、マレーシア人などさまざまな国籍の方々とともにシェアハウスで暮らしていました。
皆さんの会話を聞いていると発音やニュアンスの違いなど、同じ英語でも多様な表現があることに気がつき、世の中にはいろいろな言語表現や文化が存在するということを肌で感じました。それが後々、娘の英語力の成長にもつながったように思います。
帰国してインターの幼稚園に入ってすぐの頃、娘はまだ英語をきちんと話せるほどの力はありませんでしたが、先生の指示は聞き取ることができたようです。オーストラリアの滞在中に毎日たくさんの英語を耳にしたことでリスニング力が身につき、それが役に立ちました。
子供の英語習得には「モチベーション」が何より大事
娘が最初に覚えたのがRed cupという表現でした。飲み物を飲むときにカップが配られるのですが、娘はどうしても赤いカップで飲みたいと思ったそうです。
その願いを伝えるために必死で覚えたのが、"I want to drink with a red cup."というセンテンスでした。それを聞いた先生は娘をとても褒めてくれました。「伝えたい」と思う気持ちがあれば、発音や言い回しが多少間違っていても、必ずわかってもらえるということを体験したと言います。
小さなうちは、子供は親に与えられた環境に順応していくしかありません。子供にどんなに「将来英語は役に立つから勉強しなさい」と言っても、実感がともなわなければ子供にとっては苦痛でしかないのです。まして英語を使う必要のない日本の環境ではなおさらでしょう。
子供には英語に対するモチベーションをもたせ、それを評価してあげられる場面づくりが何より大事だと思います。
Q2. 数学・理科を英語で学ぶメリットと「STEAM教育」について教えてください。
算数や理科を英語で学び、「自分で考える力」を育むSTEAM教育(※)の概念を、英語塾や学校教育の現場に取り入れはじめて10年になります。
一般的に日本の英語教材には、物語を使ったものが多く使われています。しかし英語で書かれた物語は、言葉の背景や文化も違うため日本の子供たちにとって理解しにくい部分があります。
けれども、算数や理科の学習にはそれがありません。自然科学は答えがはっきりしているので自発的に考えるきっかけが芽生え、答えがわかれば英語を理解したという充実感が生まれます。それが英語を学ぶモチベーションにつながっていくのです。
とりわけ算数は数字や形、時間といった普段の生活にも密着している事柄が多いため、小さな子供でも実践的な英語力を身につけることができます。教える際には中学に入ってから覚えるような単語も出てきますが、日本の算数とは違う考え方や情報にふれ、今まで気づかなかった面白さの発見もあります。
※STEAM教育:「Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学・ものづくり)、Art(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)」の5つの単語の頭文字を組み合わせた教育概念。
子供が自発的に「英語で」学んで論理的思考力を養うSTEAM教育
日本の教育現場でも、STEAM型の学習方法を英語活動に取り入れようとする動きがあるようです。英語を使って算数や理科、社会や音楽などを教科横断的に学習することは、英語で問題を解決する力や英語で予想を立てながらものごとを考える論理的思考力を養える利点があります。
さまざまな分野の語彙を習得できるので、バイリンガル教育にも役に立ちます。
Q3. 家庭で簡単にできるオススメの学習問題はありますか?
現在子供たちに教えている算数ドリルの中から、いくつか例題をご紹介しましょう。算数の計算式を英語でどのように表現するか、また意外と知っているようで知らない言葉もあります。
たとえば、英語でたし算のことをplusというと思っている生徒が多いです。plusは単に記号の「+」の読み方で、計算式で使う場合にはadditionを用います。また、答えのことをsum(和)で表すことを知っている生徒も少ないです。同様に、minusは「-」の記号の読み方で、引き算のことはsubtractionといいます。いずれも学校では習う機会も発音する機会も少ないと思われます。
掛け算や割り算のところで出てくるByという前置詞ですが、英文法として説明されるより計算式の中で慣れた方が「区切る、仕分ける」ときに使う前置詞だとなんとなく認識できるのではないでしょうか。一方、「式」「方程式」のことはequationといい、演算はoperationといいますが、こういった四則計算の用語は小学3年以上で理解できると思います。
同じ計算式にもさまざまな表現方法があります。ご家庭では、まず"What is the sum of one and one?"(1と1の和はいくつかな?)などと問いかけて、お子さまに英語で答えさせてみてはいかがでしょう。
1+1=2
What is the sum of one and one?
(1と1の和はいくつかな?)
One plus one equals two.
(1足す1は2だよ。)
Add one and one.
(1と1を足すよ。)
The sum is 2.
(合計は2だね。)
5-3=2
What is the difference between five and three?
(5と3の差はいくつかな?)
Five minus three equals two.
(5引く3は2だよ。)
Subtract three from five.
(5から3を引くよ。)
The difference is 2.
(その差は2だね。)
4×2=8
Four times two equals eight.
(4掛ける2は8だよ。)
Four multiplied by two is eight.
(4に2を掛けると8だね。)
What operation is used in this equation?
(この式で使われている演算は何かな?)
This operation is multiplication.
(この演算は掛け算だよ。)
8÷2=4
Eight divided by two equals four.
(8割る2は4だよ。)
Divide eight by two.
(8を2で割るよ。)
What operation is used in this equation?
(この式で使われている演算は何かな?)
This operation is division.
(この演算は割り算だよ。)
Q4. 両親が「英語が苦手」でもOK?バイリンガル教育の注意点とは?
子供は楽しいことでなければ長続きしません。とくに算数や理科は「勉強」にならないように注意しましょう。子供のモチベーションが一気に下がってしまいます。答えがわからなくても深追いせずに切り上げてください。英語を口に出して楽しみながらお子さまといっしょに考え、遊び感覚で問題に取り組む、そして正解したときに褒める、などの姿勢が大事です。
またご両親が英語に自信がなくても気にする必要はありません。会話や発音が苦手なら、英語のCDや動画などを活用しましょう。何よりも大事なことは日頃から親がアンテナを張り、子供の興味・関心を見つけて、それに関連する英語を学習させてあげることです。
また教員の経験から、幼少期に読書習慣に身につけておくとその後の外国語習得に役立つと考えます。読書の習慣があると語彙力がつき、日本語のみならず英語の理解も早かったりします。相手の話を最後まで聞ける集中力も生まれます。絵本の読み聞かせなどはお子さまが生まれてすぐにはじめられる効果的な学習法の1つではないでしょうか。0〜1歳の小さな頃から絵本に親しんでほしいです。何冊も用意しなくても、同じ本をくり返し読んでもかまいません。
きちんと最後まで聞けたらシールなどちょっとしたご褒美を与えたり、たくさん褒めてあげましょう。本にふれ「お話って楽しい」と思える経験を積み重ねることは、バイリンガル子育ての基本だと思います。小さなときにはご家庭でできることはたくさんあります。
Q5. 「フォニックス」学習をはじめるなら、いつ頃からが良いですか?
フォニックス(※)をはじめるには、英語を聞いてその意味が理解できる状態になっていることが大事です。たとえばアップルと聞いて、日本語や絵でりんごだとわかるということです。日本語にも音読み・訓読み・重箱読みなどがあるように、同じアルファベットでも複数の読み方や音声があり、フォニックスのルールは日本人の子供にとってはやや複雑です。はじめにA B Cと習いますが、AppleのときにはA=エイという発音をせずにアと発音します。また、ONEはワンと発音し、アルファベットで習うO「オ」という音は出てきません。
ルールが当てはまらないということが起きてしまいます。
子供が英語の音に十分に慣れ親しみ、言葉の概念が日本語でわかってから授業などにフォニックスを取り入れる教育機関が日本では多いようです。
言葉としての音声に慣れ、意味がわかるようになると、たとえばeat(食べる)やcat(ネコ)など簡単な単語を覚えて使いはじめるようになります。その後で、eatのaとcatのaが違う発音でも同じ文字で書くと認識することができるようになるのです。
バイリンガル教育においても、乳幼児期にはまず英語によるインプット「聞く・まねをする」を重視し、英語の土台がしっかりとできあがってからフォニックスを意識して「読む・書く」の学習に取り組むと良いと思います。
※フォニックス:英語の「スペリング(つづり)」と「発音」の間にある法則を学ぶ学習法。
Q6. バイリンガル子育てのアドバイスをお願いします。
ご家庭ごとに、お子さまの言語教育に関してはさまざまな考え方があると思いますが、ただ単に子供にたくさんの英語教材を与えることがバイリンガル子育てではありません。「バイリンガル教育」を目指すのであれば、何よりも親の覚悟が必要です。
情報に振り回されたり、他人の教育をまねるのではなく、ご自身の教育方針をしっかりと定め、「手作り英語教育」で、お子さまの将来の目標を見据え、進んでいただきたいと思います。
日本人としての文化を身につけたうえで英語を使えるようになること、それが私たちが目指すバイリンガル教育のゴールです。
これからの日本を支えていく子供たちにとって、もはや英語は必須のスキルです。しかし日本の教育を受け、日本にいながらでも活きた英語が獲得できるよう学校や塾、保護者の方々とともに、バイリンガル育成のお手伝いをしていきたいと考えています。
インタビューを終えて
インター校での20年の教員キャリアと自らのバイリンガル子育ての経験を活かし、学校や行政などとともにバイリンガル教育を推進する川崎さん。身近な算数や理科、音楽などを通して英語を学ぶ教材には、日本の子供が日本の学校で学びながらも、国際人として必要な英語力を身につけていくヒントがありました。『1+1=2』という見慣れた計算式も、英語にすると発見がいろいろ!英語学習のモチベーションにつながりそうです。
プロフィール:川崎 美智子(かわさき みちこ)
英語教育コンサルタントを行うエプシロン代表(2019〜)。2007年に理科・算数を通して英語を学ぶマリースクールを開校。日本CLIL教育学会会員、国際教育研究所役員、元西町インターナショナルスクール教員、元東京都公立中学校国語科教員。著書に『1+1で英語が伸びるドリル』(2019、KADOKAWA)がある。2020年、石巻小学校の伝承歌「だるまの歌」を英語で作詞・編曲するプロジェクト(東北復興支援プロジェクト)を実施。