埼玉県さいたま市の中学生の英語力が「日本一」であることをご存知ですか?
令和元年8月に公表された文部科学省による「全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)」で、さいたま市の中学3年生の英語力は全国1位に輝きました。令和元年度は「全国学力テスト」に初めて英語が追加された年でもあり、その結果に注目が集まりました。
同市では全国に先駆け、すべての市立小・中学校で英語教育改革『グローバル・スタディ』を実施してきました。新しいカリキュラムの導入から5年を迎えようとしている今、さいたま市の英語教育への取り組みとその成果について、細田眞由美教育長に伺いました。
Q1. さいたま市の『グローバル・スタディ』導入の目的と背景について教えてください。
Q2. 『グローバル・スタディ』の特徴と学習内容について教えてください。
Q3. 学習成果を発揮できるアウトプットの場がとても多いと聞きました。
Q4. 『グローバル・スタディ』への子供たちの反応は?
Q5. 親が子供の未来のために、今できることは何でしょうか?
Q1. さいたま市の『グローバル・スタディ』導入の目的と背景について教えてください。
コミュニケーションの手段としての英語教育を目指す
さいたま市では、平成28年度より、すべての市立小・中学校で新しい英語教育『グローバル・スタディ』を実施してきました。小学校1年生から中学校3年生までの9年間を一貫した新カリキュラムの下で「聞く」「話す」「読む」「書く」の4つの技能をバランス良く学び、将来グローバル社会でたくましく、豊かに生きる児童生徒の育成を目標としています。
『グローバル・スタディ』は単なる言語習得だけを目指すものではありません。未来を支えていく子供たちにとって"英語は世界を見る窓"でもあり、コミュニケーションを図ろうとする意欲を育てることに重点を置いています。
これからの英語教育は"英語が話せる"ことを強みに、世界中の人と主体的にコミュニケーションをとり、多様性を理解しながら社会とつながっていく力をつけるための"学び"でなければなりません。公教育でそれを後押しするために、全国に先駆け市内160校すべての小・中学校において『グローバル・スタディ』をスタートしました。
さいたま市には、もともと英語教育に力を入れてきた背景があります。平成19年度から小学校で「潤いの時間」という英会話の活動に取り組んできました。
『グローバル・スタディ』は、英語教育における長年のノウハウと知見を活かし、さまざまな検証と研究をもとに確立したカリキュラムです。
英語で「聞く」「読む」「書く」の正答率が日本一
『グローバル・スタディ』がはじまって5年を迎えようとしている今、子供たちの成長に大きな成果があったと認識し、将来性を感じています。
文部科学省では毎年、全国の公立小中高および英語担当教員を対象に英語能力を調べる「英語教育実施状況調査」を行っています。
平成30年度の同調査では、国が目標とする英語力の水準(中3で英検3級相当以上)に達した中学3年生が全国平均で42.6%であるのに対し、さいたま市は75.5%。
翌年の令和元年度は全国平均44%に対し、さいたま市は77%で2年連続1位になりました。
また、令和元年度の「全国学力テスト」では、中学3年生の英語の「聞く」「読む」「書く」の正答率が全国平均56%に対し、さいたま市は62%となり、47都道府県20政令指定都市別のトップをマークしました。
私たち全員が子供たちの吸収力の素晴らしさを実感し、これもひとつの『グローバル・スタディ』の成果の表れと捉えています。
「中3で『英検(R)3級相当以上』、高3で『英検(R)準2級相当以上』目標の達成率は?」
Q2. 『グローバル・スタディ』の特徴と学習内容について教えてください。
他市に比べて英語を学べる時間をたくさん確保
さいたま市の子供たちの英語力を支えるポイントとして、まずあげられるのが圧倒的な英語の学習時間数です。
国が定める標準的な授業時間数より、小学校6年間で約2倍、中学校3年間で約1.1倍の時間数を確保しています。
小・中学校の9年間で他の地域を260時間も上回る英語学習時間を用意しています。
この"+アルファ"の時間をフルに利用し、十分なコミュニケーション活動を中心に、文部科学省が定める「総合的な学習の時間」(※)の要素を取り入れた探究的な活動の結果を英語で発表したり、地域や日本の伝統・文化への理解を深めながら、異文化について学んだりする時間なども多く設けています。
豊富な学習時間の中で、自分の興味・関心や、自国について誇りと自信をもって英語で発信する力の育成を目指し、従来の英語教育の枠を超えた学習に取り組んでいます。
さいたま市英語教育の英知を結集したオリジナルのテキストで学ぶ
小学校低学年から中学校3年生まで、発達段階に合わせたオリジナルの教材のほかDVDも配布
さいたま市が独自に開発した教材による授業も『グローバル・スタディ』の大きな特徴になっています。小学校1~2年生版、3~4年生版、5~6年生版、中学校版の4つの段階に分かれたテキストには、子供に「勉強する」という意識をもたせない工夫が随所に散りばめられています。
とくに小学校の低学年では、歌やダンスなどで英語の音やリズムに慣れ親しんだり、オリジナルキャラクターが登場するDVDを活用したりといった、自発的に英語に興味をもって英語活動に取り組める内容です。言語習得は、子供たち自らが学びたいと思うことではじめて身につくものです。英語の入り口で、まずは「英語って楽しい!」と感じながら、自立した学びの素地を育んであげたいのです。
高学年では自分の意見や考えを英語で伝える楽しさを体験的に学び、より高いコミュニケーション能力の育成を図る中学校の学習へとなめらかにつないでいきます。
すべての授業で「生きた英語」が聞けるティーム・ティーチング指導
『グローバル・スタディ』で学ぶ子供たちは、すべての授業で生きた英語を聞くことができます。総勢138名のネイティブスピーカーの先生(ALT)が在籍し、小学校1年生から外国人と実際にコミュニケーションする環境を整えています。また、生徒一人ひとりのことをもっとも良く理解している担任の先生が英語の授業に加わることで、より子供たちにフィットした授業を展開しています。
日本語で日々の授業を行っている先生が、ALTと英語で楽しく会話する姿は子供にとって効果的なロールモデルにもなり、担任が英語の授業に参加するメリットは計り知れません。
英語のレベルが上がる5~6年生ではグローバル・スタディ専科教員または担任とグローバル・スタディ非常勤講師に加え、単元によってALTを加えた3人体制で協力、分担して指導するティーム・ティーチングを行います。
中学校でも英語教員とALTとの学習指導体制を整え、英語で堂々とコミュニケーションする力を培う9年間一貫のプログラムになっています。
Q3. 学習成果を発揮できるアウトプットの場がとても多いと聞きました。
身につけた英語力を存分に発揮するチャンスを数多く提供
日本では「何年も英語を学んできたはずなのに、英語が思うように話せない」という声を良く耳にしますよね。それは従来型の暗記重視の英語教育によるものだけでなく、学んだことをアウトプットする環境がなかったことにも関係があると感じます。ですから私たちは『グローバル・スタディ』の中で、身につけた英語力を存分に発揮するチャンスを数多く提供しています。
小学生を対象とした英語劇発表会、中学生を対象とした英語のスピーチやディベート大会、そして毎年夏休みには、小・中学生だけでなく高校生も参加する「イングリッシュ・キャンプ」を実施しています。ネイティブの教員たちとともに英語だけで生活する2泊3日の「イングリッシュ・キャンプ」は、活きた英語にふれながら、英語がコミュニケーションの手段であることを実感する良い機会になっています。
国際イベントで「ジュニア大使」が地域の魅力を英語で紹介
さいたま市は国際都市でもあります。児童生徒10万人の中から570名の小・中学生が「ジュニア大使」の認証を受け、さいたま市の国際イベントなどで外国からの訪問客に本市の魅力を紹介したり、英語でアナウンスをしたり、積極的に地域活性化のお手伝いをしています。
バラエティに富んだ英語体験は子供たちが英語を学び続けるモチベーションにつながり、グローバル人材に必要な異文化理解や社会貢献への意欲と豊かな感性を育んでいます。
Q4. 『グローバル・スタディ』への子供たちの反応は?
英語で「発信する力」を身につけたことが大きな自信に
英語力が日本一になった結果に対して、子供たちは意外と冷静な一方で、英語というツールを使って「発信する力」を身につけたことに大きな自信と自覚をもちはじめているようです。
ディベート大会などでも「英語を使ってもっと自分たちの文化を世界に発信したい」「自分たちの考えを知ってほしい」という子供たちの熱のこもった発言が多く聞かれるようになりました。
かつての国際理解教育(※)では、欧米の文化を「知る」ことに重点が置かれていたように思います。また私自身も英語を学んできた理由として、欧米の文化への憧れや英語圏のカルチャーをもっと知りたいという気持ちがありました。けれども、今、目の前の子供たちを見ていると、自分たちの文化や自分たちの考えを他国の人に発信したいという思いを強く抱いているように感じられます。
"発信"することで、他国の文化・宗教・考え方や価値観の違いといった多様性を理解して、その違いを受け入れながらつないでいく力を育むこと。『グローバル・スタディ』が目指すテーマがそこにあります。
英語は世界を見る窓であり、自分のアイデンティティを確立するための道具であることを、さいたま市10万人の子供たち全員が9年間の学びによって認識し、道具を使いこなす能力を培い、グローバル社会で活躍できる人材としてここを巣立っていってほしい。それこそが私たちが考えるこれからの英語教育の大きな到達目標です。
※「世界の人々が国を越えて理解しあい、協力し、世界平和を実現すること」を理念とした教育。
Q5. 親が子供の未来のために、今できることは何でしょうか?
良い環境づくりと子供が自立して学んでいけるシステムを用意する
私自身、英語教育と教育の仕組みづくりなどにも携わり、「働く母」を20年以上続けるなか、夫婦二人三脚で2人の子供を育ててきました。その経験を通じて、子供が巣立った今だからこそいえることがあります。親が子供にしてあげられることは、良い環境をつくり、その中で子供たちが自立して学んでいけるシステムを用意することではないかということです。
実は我が家では、子供たちが英語に親しむ環境づくりのひとつとして、幼児期からディズニー英語システムを利用していました。すでに社会人になった娘は、いまでもミッキーのビデオを大切に保管しているんですよ。
「勉強しなさい」「英語をやらせなくては」という考えでは、子供の自立心を育てることはできません。「英語は楽しい!」と思える環境をつくってあげたら、あとは子供の学びを止めないように、手をかけ過ぎずに寄り添いながら見守ってあげてください。子供は語学の天才です。安心して親が与えてくれた環境を楽しみ、英語を自分のものにしていきます。
子育てをしながら私たち親も成長していきます。子供を通して自分の人生とは別の世界を見ることができるのも、子育ての醍醐味だと私は思います。教育や受験、また反抗期の問題など、親御さんからは相談ごとも多く寄せられますが、これほど充実感が味わえる経験は、ほかにはないのではないでしょうか。
ぜひお子さんといっしょに乗り越えながら、子育ての楽しさを味わってください。
取材を終えて
子供の英語教育への関心が高まるなか、各自治体や学校でもさまざまな英語教育の導入がはじまっています。さいたま市の『グローバル・スタディ』はその先駆けとして注目されてきました。「英語は世界の窓」という細田教育長のメッセージが印象的でした。これからの社会を切り拓いていく子供たちが、目の前に広がる世界をしっかりと見据え、一人ひとりの大きな未来を思い描きながら英語を学び続けてほしいですね。
プロフィール:細田 眞由美(ほそだ まゆみ)
埼玉県立高校の英語教諭、創立当初の伊奈学園中の教頭を経て、2011年さいたま市教育委員会指導2課副参事。2013年にはさいたま市大宮北高校長に着任。2017年6月さいたま市初の女性教育長に就任。内閣府男女共同参画推進局・予防啓発教材検討会構成員など、日本の教育の発展に幅広く貢献。