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言葉にふれる「自然な環境」

前回は英語(第二言語)の習得に関する意見を東京大学の酒井邦嘉教授にお聞きして記事を公開しました。今回の記事では、再び酒井邦嘉教授のご専門である言語脳科学の視点から、子どもの言語習得と習い事の関係や、言語環境の重要性についてお伝えいたします。

酒井教授の研究分野

酒井教授は、脳機能イメージングといって、安全に脳内の働きを調べて画像化する「MRI」などの技術を使って脳の機能を研究していて、なかでも特に言語について、脳内のどこで、どのような働きがなされているかを明らかにしようとしています。人間だけに備わった脳の働きと仕組みに関して言語学と脳科学の両サイドから研究を行っておられます。

今回の記事では、こうした言語と脳の働きに焦点を当てて、
・子どもの習い事と英語との関係について
・言語習得のための環境づくりについて

上記2点に関して、酒井教授の視点を交えつつ、再びお伝えしたいと思います。

子どもの習い事

近年、多くの子どもが、幼い時期から習い事を始めるようになっており、その傾向は今後も増加してゆくものと考えられます。人気の習い事ランキングはここ数年変わっておらず、「水泳」「音楽」「英語」が非常に根強い人気があることが色々な統計で報告されています。

このように習い事と呼ばれるものは種々ありますが、酒井先生は「英語」も他の習い事と同じで、親が勉強として子どもに強いてさせるのではなく、自然に吸収できるような環境を与えることが大切だと強調しておられました。

またインタビューの中で酒井先生は、幾つかの芸術分野、その中でも音楽について多くを語って下さいましたので、まずは子どもに人気の習い事の「音楽」と「英語」について紹介したいと思います。

脳から見た音楽と言語の関係

音楽と脳に関する酒井先生の論文では、相対音感に関係した脳の領域が、言語に関連したところにあることを明らかにしています。このように音楽と言語の脳領域が似通っているということは、音楽と言語の相関性はかなり高いのでは?と思い、この点についても深くお聞きしたところ、「楽曲は文章の構造と同じようにできていますから、音楽と言語はほとんどバイリンガルと同じです」というお答でした。

 小学生から第二言語を習得することに対する懐疑的な意見として、「母国語の仕組みが脳の中にきちんと確立する前に、外国語の異なる音を覚えてしまう事で、言葉の理解やコミュニケーションに問題をきたす可能性がある」というものがあります。しかし多くの幼児が習い事で接している音楽は、言語習得を促進することがあっても阻害することなどあり得ません。音楽と言語の共通性を踏まえると、第二言語のみならず多言語の習得は、母語の獲得にとっても有益なのです。

音楽であれ、それが水泳であれ、また英語であっても、親はできるだけ自然な環境を子どものために整えてやるのが望ましいのです。「音楽などの情操教育は、さらに子どもの心を育むという大切な働きがありますから、全人教育のお手本ですね」と酒井先生は語って下さいました。

語彙の獲得

「日本人の英語学習の問題点に、ボキャブラリィを効率よく増やそうとして英単語だけを無理に記憶しようとする傾向があります。しかしどの単語とどの単語をつなげてよいかが分からなければ、不自然な文や表現になってしまいます」と酒井先生は述べ、単語を記憶する学習よりは、文としてどのような表現が自然であるかを身に付けることの方が大切だと指摘します。

こうした英語学習に対する酒井先生の見方は、子どもの言語獲得を基礎にしていることが分かります。「子どもは自然に多言語に接して、『習うより慣れろ』が理想」、また「判断に迷ったら、できるだけ自然な習得の方法を選択することが大切」という考えにも共通するものであると感じました。

言語環境の重要性

酒井先生は、現代に特徴的な言語環境の問題点について以下のような指摘をしています。

「現代では多くの家族がマンションで生活するようになり、核家族化と少子化も進んでいます。そうした閉鎖環境でお母さんに育児疲れがあると、お母さんが子どもに語りかける機会は知らず知らずのうちに減っていってしまうかもしれません。そうなると子どもの言語環境が乏しくなり、言葉の遅れにつながる恐れがあります」

「かつての大家族の家庭では兄弟姉妹が多く、おじいちゃんやおばあちゃんも家にいたため、多様な世代と地域の方言があり、誰彼となく豊富な会話のできる環境がありました。いわば、多言語の環境が身近にあったのです。それが現代では、生活環境の変化とともに、言語の多様な表現に接する機会が乏しくなってしまいました」

「テレビやインターネットは、過剰な情報を一方的に発信するメディアなので、視聴者は深く考えることなく鵜呑みにしがちになります。さらに子どもたちは、メールやラインでのテキストのやり取りに時間を奪われて、友達と会話することすら制限されています。これは、人為的で不自然にモノリンガル(単一言語)化された環境であり、ネグレクト(育児放棄)に近い異常な状態だと言えるでしょう」

酒井先生は言語習得において環境を整えることの重要性を強調されています。
子どもの言葉と心の健全な発達について、家庭で改善できることはないか、取材の後に非常に考えさせられました。

最後に

英語に関しては、今まで以上に必要性が叫ばれていて、子どもの頃から学ばせたいという親は増加しています。リクルート社の2016年「習っている・習わせたいお稽古ランキング」によると子どもに「習わせたい」習い事では英語が昨年に引き続き1位にとなっています。それ以外の各統計を見ても英語は年々、その順位を上げており「習っている」および「習わせたい」ランキングの両方で、必ず3位以内に入っています。

これほど英語を習うことに対する関心が高まっているにも関わらず、プラットフォームともいえる家庭環境に関しては、子どもたちはさらに困難な言語環境に置かれていると言えます。そうした観点から、酒井先生の言う「言語に接するための自然な環境の確保」は、今後益々重視されるべき課題になっているのです。



酒井先生近影

プロフィール:酒井 邦嘉(さかい くによし)

言語脳科学者。1964年生まれ。東京大学 大学院理学系研究科 博士課程修了、理学博士。1996年マサチューセッツ工科大学 客員研究員を経て、1997年より東京大学 大学院総合文化研究科 助教授。2012年より同教授。
2002年第56回毎日出版文化賞、2005年第19回塚原仲晃記念賞受賞。脳機能イメージングなどの先端的手法を駆使して、言語や創造的な能力の解明に取り組んでいる。
近著に、『科学という考え方』(中公新書、2016年)や『高校数学でわかるアインシュタイン』(東京大学出版会、2016年)がある。

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