英文法って必要なの?【慶應義塾大学名誉教授・田中茂範先生】
2020.10.13
「英文法」と聞くと、学生時代の記憶などから「いやーな気持ち」になる人もいらっしゃるかと思います。
実際、英語が苦手という生徒にその理由を聞いてみると、「文法がわからない」が筆頭にきます。大人になっても、英文法では苦い経験をしたという人が少なくありません。文法は得意だったという人でも、「文法なんか、実際はいらないのでは」と感じている人もいるようです。
しかし、文法のない言語は存在しません。ある言語を話す人は、みんな文法力を知らず知らずのうちに身につけているのです。ただ、文法用語中心の説明であるとか、機械的な文法演習をすればよいかといえば、それは違います。
必要なのは、「表現するための英文法」です。表現に役立つような英文法を学ぶことが必要なのです。
表現するための英文法
自分の感情や意志、願望を言葉で表現するための英文法を身につけるには、「わかる」、「使える」という2つの条件を満たすことが必要です。
「わかる」ということは、学習の根本を成す感覚です。これは年齢に関係ありません。
「わかる」にはさまざまな次元がありますが、「なるほど、そうか、わかった」という感覚は学びの動機づけと結びついてきます。「わかる」から面白い、面白いからさらに学ぶ、という連鎖が「持続的動機づけ」を生み出すのです。
そして、「使える」ようになるためには、文法項目の本質をわかった上で、どういう状況でこの項目は使えるかということを実感できる学びが必要となります。
以下では、幼児が英文法を「わかる」「使える」ようになるための指導方法をみていきましょう。
幼児のための指導法
中学生になると、文法を「学習」しますが、幼児の場合は、文法を知らず知らずのうちに「獲得(身につけること)」します。
幼児は、文法を獲得するといっても、どういう表現をどう提示したか――WHATとHOW――によって、その学習内容には違いが生まれます。
幼児の文法獲得において大事なのは、状況の中に文法を位置づけることです。状況の中で、表現の差異(=文法の違い)がわかるようにすることが大切です。
例えば、"Mom is going to make my bento."という表現を使う状況を考えてみてください。この表現だけでは、状況に具体性をもたせるのは容易ではありません。しかし、次のような文が続くとどうでしょうか。
Mom is going to make my bento.
(お母さんが弁当を作ってくれるよ。)
Look! She is making my bento.
(お母さんは弁当を作っているよ。)
She has just made my bento.
(お母さんはちょうど弁当を作ったところだよ。)
It looks very delicious.
(とてもおいしそうだ。)
この流れは自然であり、しかも状況を想像しやすいものになっています。
文法表現(be going to, be doing, have done)と状況が結びつくように用例を提示すること。これが幼児への文法指導の大事なところだと思います。
そして、幼児に正しい文法指導をするためにも、大人はその本質を理解しておくことが大切です。そこで、「現在進行形」を例に、詳しくみていきましょう。
現在進行形の本質
「現在進行形」は、英語学習の初期に出てくる文法項目です。be[am, is, are] + doingの形がそれですね。
この表現の本質は何でしょうか。結論をいえば、動画的に物ごとを描写するというものです。いわゆる「現在単純形」が写真や絵などの静止画のように物ごとを描写するのに対して、テレビや映画などの動画のように描写するというのが進行形の本質的な特徴なのです。
「今、まさに~している」典型的な使い方
"The girl dances in the rain."といえば、「その少女は雨の中で踊る」という意味で、動き・変化は感じられません。雨の中で踊るのが職業であるとか、いつも雨の中で踊る習慣があるという状況を表すのが"The girl dances in the rain."です。
一方、眼前で何かの動作が連続的に行われていれば、現在進行形を使って、"The girl is dancing in the rain."のように変化します。
これは「(今まさに)~している」という意味合いの現在進行形で、みんなよく知っている使い方です。
しかし、現在進行形が使われる状況はこれだけではありません。
「~しかかっている」も現在進行形
"The bus is stopping."といえばどうでしょうか。これは「バスの停車中」を表すのではなく、「バスが止まりかけている」という状況を表現します。
「すでに、ある動作が始まっており、それが終息に向かっている」というのがこの現在進行形の用法です。
"The balloon is falling on the ground." (気球が地面に落ちようとしている)や"The population of wild tigers is dying out."(トラの野生種は絶滅しつつある)も同様です。
「(これから)~しようとしている」未来のことも現在進行形
さらに、"We are leaving for Hakata tomorrow."といえば、「明日、博多に行くことになっている」ということで、「(これから)〜しようとしている」という未来に向けた進行形です。"I'm seeing my old friend this Sunday."(今度の日曜日に級友に会うんだ)も同様です。
「今、まさに~しかかっている」は、動き・変化が観察できます。一方、「これから~しようとしている」では、動きを見ることはできませんが、気持ちの上で「出発に向けて動いている」感覚を読み取ることができます。
① 「今、まさに~している」
② 「~しかかっている」
③ 「(これから)~しようとしている」
この3つの使い方ができること。これが現在進行形を使いこなすということです。
進行形は連続する動作を動画のように表現するが故に、こうした3つの用法が可能となるのです。
過去と現在の間には断絶がありますが、現在と未来は地続きになっており、連続体です。だから、未来のことを述べる際にも、現在進行形が使えるのです。
「(一時的に)今は~している」一時性も現在進行形
さらに、"He lives in Kyoto."と"He's living in Kyoto."を比べてみてください。前者は現在単純形、後者は現在進行形で表現しています。
現在単純形で表現すれば「現住所は京都です」といった意味合いです。一方、現在進行形になると、「今は京都に住んでいる」ということで「一時性」が含意されます。
「この機械はよく動く」という場合と、修理してもらって「この機械は、今はよく動いている」では意味合いが違いますね。前者は、"This machine works well."で、後者は"This machine is working well."となります。
動き・変化が感じられると状態動詞でも現在進行形が可能
動き・変化が現在進行形を使うかどうかの鍵です。resemble(似ている)は、誰かが誰かに似ている状態を表し、動き・変化は関係ありません。そこで、「花子は母親に似ている」は"Hanako resembles her mother."であって、"Hanako is resembling her mother."とはいいません。
しかし、"Hanako is resembling her mother gradually."とか"Hanako is resembling her mother more and more."になると自然な表現になります。日本語では「花子はだんだん母親に似てきている」となります。
そうです!「状態の変化」が含意されるため、進行形が可能となるのです。
現在(単純)形と現在進行形の違いは使い分けの問題です。そして、使い分けができるようになることが、「分かる(分ける)」ということです。そして、現在進行形の場合、上で示したような状況で使えるようになることが、文法が使えるということです。
ぜひ、わかる、そして使える英文法を目指すようにしましょう。
文法が違えば事態が異なる
解釈の違いで翻訳に違いが生まれる
ここでは、文法の大切さを理解するため、翻訳に注目してみましょう。松尾芭蕉の「古池や、蛙飛び込む、水の音」という俳句の英訳を例にとりましょう。
実際、この俳句の英訳は数多く存在します。ここでは代表的なものとして、日本文学研究者として名高いドナルド・キーンと、作家で民族学者のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)のものを取り上げます。
翻訳者は、芭蕉の俳句を自ら意味づけし、それを英語にするのです。しかし、解釈(意味づけ)において個人差があるため、キーンとハーンの翻訳にも違いが生まれます。そして、この違いが文法の違いに反映されます。
古池や
The ancient pond (キーン)
Old pond (ハーン)
蛙飛び込む
A frog leaps in (キーン)
Frogs jumped in (ハーン)
水の音
The sound of water(キーン)
Sound of water (ハーン)
まず、「古池や」の部分の英訳には、The ancient pondとOld pondの違いがあります。ここでは冠詞の選択と形容詞の選択に違いが明らかにみられます。
「蛙飛び込む」の部分はa frogとfrogsの「数・冠詞」の選択の違い、leaps inとjumped inの時制と語彙選択や時制に関する違いに注目する必要があります。
そして「水の音」でもthe sound of waterとsound of waterのtheを伴うかどうかの違いが見られます。ここでは、文法が状況の表現のしかたに大きくかかわっていることが示されています。
解釈の違いは文法によって表現される
まず、ハーンは、無冠詞でold pondを選ぶことにより、古池の個別性・具体性を捨象してしまい、「名もなき文化的象徴としての池」、あるいは「静かな永遠の時の流れ」のようなものを表し、そこにFrogs jumped inと「複数の蛙が飛び込んだ」と過去時制を使うことで、個別具体的な出来事を放り込みます。
「蛙」は6月の季語で、6月といえば蛙の繁殖期です。静かなる時空に繁殖期にある蛙の生の躍動のようなものが放り込まれるというのがOld pond - frogs jumped inです。また、sound of waterと無冠詞で表現することで、静かに永遠なる時に戻る(フェイドアウトする)といった様子を意味づけすることができます。
一方、キーンのthe ancient pondは「(悠久の時を経た)古代の池」という意味合いになり、ハーンのold pondほど、池の個別性が消去されているわけではありません。また、A frog leaps inでは「一匹の蛙がひょいっと飛び込む」という静止画的な描写が行われています。そして、それが生み出す具体的な音がthe sound of waterです。
ここで注目したいのは、文法(冠詞や時制)はまさに表現のためにあり、ハーンもキーンも文法を使って表現することを通して俳句の意味を考えており、筆者(田中)も、文法事項に注目することで、英訳からどういう意味かを考えることができるのです。
このように文法のちょっとした調整で、表現される世界が大きく異なってきます。これが文法の力というものなのです。
文法のない言語は存在しません。どんな文にも文法の血が流れています。しかし、子供が英語を学ぶ際には、中学校でやるような明示的な文法の説明は必要ありません。同じような表現のパターンをたくさん経験することで、英語の文法の「型」のようなものを直観的に身につけていくことができます。
"Look! There is X in the kitchen." "Look! There is X on the table."のようにパターンの反復は、子供が文法力を身につける際に効果的です。その際に大切なことは、ただ機械的に反復練習するのではなく、生活場面を描写する英語表現になっているかどうかということです。
田中 茂範(たなか しげのり)先生
PEN言語教育研修所所長・慶應義塾大学名誉教授。コロンビア大学大学院博士課程修了(教育学博士を取得)。
NHK教育テレビで『「新感覚☆キーワードで英会話』」(2006年)、『「新感覚☆わかる使える英文法」』(2007年)の講師を務める。JICA(独立行政法人 国際協力機構)で海外派遣される専門家に対しての英語研修のアドバイザーを長年担当。
主な著書に『コトバの「意味づけ論」―日常言語の生の営み』(紀伊國屋書店)、『「意味づけ論」の展開―情況編成・コトバ・会話』(紀伊國屋書店)、『幼児から成人まで一貫した英語教育のための枠組み-ECF-』(リーベル出版)、『表現英文法増補改訂2版』(コスモピア出版)、『意外と言えない まいにち使う ふつうの英語 きほんの英語』(NHK出版)他多数。