前回のエッセイ、「子供の『話してみたい!』気持ちを育む模倣と反復とは?」においては、次の2つの視点からお話しました。
子供の「話してみたい!」気持ちを育む2つの視点
(1)母語の獲得過程において、2歳児は模倣・反復期であること
これは、日本語に限らずどの言語にも当てはまり、英語圏の子供たちも、保護者の発話を模倣する時期です。また、親子の模倣率は比例します。つまり、子供の発話をよく模倣する保護者の子供は、保護者の発話の模倣をよくします。
例:
子供「お菓子食べたい!」
保護者「お菓子食べたい? ごはん前だからイチゴでも良い?」
子供「イチゴでも良い」
そして、模倣には次の4つの働き、特徴があります。
①親が子供の発話をまねすると、子供は親に聞いてもらっていると安心する
②発話を修正したり、拡大したりする役目を果たす
模倣は、最初は発話の一部からはじまり(例:イチゴでも良い)、その後正確にフレーズをすべて模倣し、その後自分の意見も加える(イチゴでも良い。5つ食べたい)。
③音まね上手は発話力アップにつながる
音まねができる子供は発話ができる。
④音まね上手のカギは親子のコミュニケーションの量にある
普段からよく話をする親子の子供は、発話量が多く、模倣も上手である。
こうした母語の獲得の研究成果から、第二言語の獲得にも類似した獲得過程、状況がみられることが明らかになってきました。
(2)第二言語獲得でも模範・反復が発話のカギ
未就学児の第二言語獲得(英語学習)の過程を調査したところ、次の3点が明らかになりました(筆者2021年度の研究成果より)。
① 英語反復と英語の応答
② 英語の応答と遊びの中での発話の回数
③ 英語の語彙力と遊びの中での発話の回数
英語の反復が上手にできる子供は、英語の応答も上手にできる。英語の応答が上手にできる子供は、遊びの中で覚えたフレーズなどを自発的に使えるようになる。さらに、英語の語彙力と遊びの中での発話数は、統計的に正の相関があることがわかりました。
つまり、基本は英語の単語だけではなく、文を反復、練習することが将来の発話力につながることがわかります。
そこで今回は、小学校での英語学習においても、同様なことがいえることをお話ししたいと思います。
1. 小学校における英語学習でも、反復はカギ!
2. 英語指導法6つのステップ
3. 母語と第二言語獲得の共通点とは?
1. 小学校における英語学習でも、反復はカギ!
以下のスピーチ原稿は、ある中央区の小学校で行われたスピーチ大会の優秀賞に残った子供たちの作品です。
私はこの10年ほど、年間70~80回ほど小学校の英語の授業に伺い、先生方の授業の指導講評を行い、授業研修を行っています。その中でも、7年間ご指導をさせていただいているある公立小学校の子供たちの原稿です。
児童は最初に自分の名前と学年と年齢を言います。そのあとは、自由に自分たちで言いたいことを考えたそうです。
最後に原稿が書けた時点で担任やALT(=Assistant Language Teacher)に見てもらい、発音や構文の間違いなどを訂正してもらいます。
例:
1. Hello. My name is M〇〇 T〇〇.
I'm in grade 1. I'm 7 years old.
I like blue. I like dodgeball.
I like ping-pong. I like lemons.
I like cucumbers. I like rabbits.
I like cookies. Thank you.
(こんにちは。私の名前はM~T~です。1年生です。7歳です。青が好き。ドッジボールが好き。卓球が好き。レモンが好き。キュウリが好き。ウサギが好き。クッキーが好き。ありがとう。)
2. I like rabbits. I like strawberries,ice cream, and sushi.
I like playing with my friends and my family.
I can do cheerleading. Thank you. See you.
(ウサギが好き。イチゴとアイスクリームとお寿司が好き。友達や家族と遊ぶのが好き。チアリーダーができます。ありがとう。またね。)
各クラスで選ばれた代表の子供たちが本選で発表しますが、挨拶の場面でも他の大勢の子供たちの顔を見ながら、堂々と話します。
ご家庭でディズニー英語システムなどの英語教材を0歳から学習している子供たちであれば、このくらいは楽に話せる!と思われるかもしれませんが、一般の公立小学校では、自分たちでこのくらいの原稿を作り、発表できる風景はなかなか見られません。
小学1年生であれば、通常、"My name is ○○. I like pink. I like blue. Thank you."のように、色を習うと色をせいぜい2色くらい、動物を習うと動物をせいぜい2匹くらい紹介するのがやっとです。それすらしない小学校も多数あります。一人ずつの発表はむしろ少数派です。
では、この小学校ではどうしてほとんどすべての子供たちが自分の伝えたいことをいろいろと考え、発表できるようになったのでしょうか。
そこには、いくつかの指導法のヒントがあります。
2. 英語指導法6つのステップ
(1)英語のフレーズを歌と絵本で覚える
"I like ~." "Do you like ~?" "Yes, I do." "No, I don't."というフレーズを、歌で学習します。くり返し歌うので、内容も歌詞も覚えます。"Do you like broccoli ice cream?"という歌を使っていました。
さらに、絵本を取り上げ、担任が英語で子供たちに簡単な質問をして、子供たちが積極的に答える。やり取りをしながら読みます。このパターンが3時間くらい続きます。
(2)リズムに乗って英語のフレーズを反復練習する
毎日の朝礼の時間などで5分間を使い、リズムに乗ってこれらのフレーズをみんなで反復練習するチャンツを行います。歌のメロディーを取り除き、日常会話で使う自然な言い方で反復します。
(3)英語で質問し、自分に当てはまる答え方をする
ある程度フレーズが言えるようになったら、先生がみんなに質問をします。子供たちは、その質問が自分に当てはまるときは立って答えます。当てはまらなければ、座って答えます。単なる反復練習に、自分の本当の考えや気持ちを伝える言語活動が加わります。
例:
先生:Do you like monkeys?
(サルが好きですか?)
本当にサルが好きな子供は立って、以下のように答えます。
児童:Yes, I do. I like monkeys.
(はい、好きです。サルが好きです。)
サルが好きじゃない子供は、座ったまま、このフレーズを反復します。
同様に、以下のフレーズもチャンツを使って練習、応答します。
児童:No, I don't. I don't like monkeys.
(いいえ、サルが好きではありません。)
(4)習った英語のフレーズを使って話しかける
小学校には日直がいます。日直の子供が毎日2人ずつ教室の前に立ち、今週習った英語のフレーズを使って、みんなに話しかけます。
例:
日直:I like monkeys. Do you like monkeys?
他の児童:Yes, I do. I like monkeys. あるいは
No, I don't. I don't like monkeys.
このころになると、日直も堂々と1人で自分の考えを言ったり、友達に聞いたりできます。他の児童たちも、自分の意見を伝えることができます。
いかがでしょうか?小学校における英語の学習も、基本は模倣、反復なのです。このやり方で基礎力をつけると、今度は本当に伝えたい内容を辞書で調べたりALTに聞いたりしながら、考えることができるようになります。
基本の模倣、反復練習から、本当に英語で伝えたいこと、思いを言えるようになる言語活動へと、small stepsを踏みながら学習を進めます。
(5)文字にする、辞書で調べる
さらに、こうしたスピーチ原稿をタブレットで打って残すようになると、英語力はさらに定着します。また、辞書などで調べる活動も大切です。
(6)指導するときはできるだけ英語を使う
そして最後は、担任の指導時に使う言語です。私は必ずしもオールイングリッシュで教える必要はないが、なるべく日本語で説明したり訳したりすることは避けるように、とお話しします。
ただし、担任が英語を積極的に使うようになると、子供たちの英語使用率がアップすることもお伝えすると、こちらの小学校の先生方は、ほぼオールイングリッシュで授業を進めていらっしゃいます。先生全員の発音が良いわけではなくても、積極的に英語で話されると、子供たちも積極的に英語を使います。
3. 母語と第二言語獲得の共通点とは?
人前で堂々と自分の意見や思いを話せるようになるためには、やはり、小さい頃からの準備が必要です。これは、母語にも第二言語獲得にも共通する特徴だと思います。教室とご家庭を比較しながら、ご家庭でもできる英語の学習法をご紹介しましょう。
家庭でもできる!話したい気持ちを育む5つのすコツ
(1)基本文の模倣、反復練習、チャンツを有効に使う
ご家庭でも、絵本を読みながら英語文を反復して読みましょう。
(2)基本文に、もっと話したい内容をプラスするため、辞書で単語を調べる
主体性が養われます。ご家庭でも居間に辞書を置いておけば、気軽に子供に質問されたときに、英語を教えてあげることができます。
(3)自分で原稿を作り、担任やALTの添削を受ける。これで発音についても内容についても、自信がつく
ご家庭でも、保護者の方が英語で話しかけると、子供たちは自然に英語で答えるようになります。
また、英語で動物クイズを出し合うなど、お子さまが話したいと思う内容を英語で言えるように、こちらからも英語で伝えます。
(4)自信をもって発表ができるようにする
日頃から人前で話す機会をもつと、英語でも日本語でも、積極的に話すことができるようになります。
ご家庭では、おばあちゃまやおじいちゃまの前で、英語で朗読をしたり、歌を歌ったりという機会をもたれると良いと思います。
(5)友達の発表をよく聞き、積極的に質問をする
日本語でも良いので、ご家庭ではよく話す習慣を作ることが大切です。
英語の習得には王道はないといいます。
少しずつの歩み、Small Stepsを積み重ね、思うことを堂々と人前で発表できる子供を育てましょう!
佐藤 久美子先生
玉川大学大学院 教育学研究科(教職専攻)名誉教授。
長年、子供の言語獲得・発達の過程を研究し、研究から得られた科学的知見を外国語としての英語教育に応用し、指導法や教材開発を行う。2016年の3月まで、NHKラジオの「基礎英語3」の講師を通算8年務め、テキスト執筆や番組のプログラムに知見を活かす。さらに、2012年度からNHK eテレの『えいごであそぼ』『えいごであそぼwith Orton』の総合指導、2017年からNHK eテレ『エイゴビート』『エイゴビート2』の番組委員を担当。今日に至る。全国の小学校や教育委員会でも多数研修や講演を行い、小学校英語教育の推進に努めている。