どうして英語は難しく感じるの? 【慶應義塾大学名誉教授・田中茂範先生】
2021.01.27
私には韓国人で日本語が流暢な友人がたくさんいます。彼らは「韓国語と日本語は似ているから、日本語は学習しやすい」と語ります。言語が似ているとは、どういうことなのでしょうか。
言語の距離と学習の難易度は相関する
世界には8,000もの言語があるといわれています。そして、言語には「言語の距離(language distance)」という考え方があり、似ている言語の距離は近いし、似ていない言語の距離は遠いという言い方をします。
そして、どの言語を学ぶかによって母語との距離が違うので、学習の時間数が異なる可能性があるといわれています。
アメリカの国務省に属するForeign Service Institute(FSI)という機関があります。アメリカの外交官に赴任先の言語を教えている機関で、70年の教育経験を生かして、アメリカ人が外国語を学ぶのにどれぐらい時間がかかるか、下記の推計をだしています。学習の難易度によって外国語は4つの言語カテゴリーに分類されています。
言語カテゴリー1:
習得にかかる時間600-750時間
オランダ語 イタリア語 スウェーデン語
言語カテゴリー2:
習得かかる時間900時間
ドイツ語 マレイ語 スワヒリ語
言語カテゴリー3:
習得にかかる時間1,100時間
ベンガル語 ギリシャ語 ロシア語
言語カテゴリー4:
習得にかかる時間2,200時間
アラビア語 中国語 日本語
言語の距離と学習の難易度は相関します。
カテゴリー1と2に属す言語は、英語圏の人にとっては比較的短時間で学習できる比較的近い言語ということになります。
カテゴリー3に属す言語は「難しい言語」、そしてカテゴリー4に属す言語は「超難しい言語(super hard languages)」――つまり、遠い言語――と見なされています。オランダ語なら750時間で学ぶことができるところを、日本語なら2,200時間となっており、ずいぶん違いがありますね。
逆も真なりで、日本人にとって英語は、学ぶことが超難しい言語ということになります。しかし、今や、英語はできて当たり前の状況が現実化しようとしています。英語力は人生を切り拓く上で有用な武器であるということは間違いないのです。
日本語と英語の違いを明らかにする
「日本語と英語はかけ離れた言語なんだから、英語がしゃべれなくてもしょうがない」と諦めず、確かな英語力を身につけていきたいものです。言語の違いが難しさの原因ですが、その難しさを克服する方法も言語の違いに注目することから開けてきます。
「日本語と英語は言語として遠い」という場合、その根拠(違いの部分)を明らかにすることが大事です。違いへの気づきは、学習の効率化に繋がるからです。
ここでは紙幅の関係上、網羅的に違いを示すことはできませんが、「主語を立てる英語」「前置詞と助詞」「単語の比較」、そして「音声的な違い」の4つに注目したいと思います。これらは、日本語と英語の違いをあげる際に、間違いなく最上位に加わる項目です。
1. 主語を立てる英語
英語は主語を立てる言語です。例えば、以下を比べてみてください。
(1)
A.「今、どこ?」
B.「迎えに来てくれるの?」
A.「うん。これから行くよ」
B.「わかった。じゃあ、待っているから」
(2)
A.「今、あなたはどこ?」
Where are you now?
B.「あなたが、私を迎えに来てくれるの?」
Are you coming to pick me up?
A.「うん。これから、私は行くよ」
Yeah, I'm coming from now.
B.「私は、わかった。じゃあ、私は、君を待っているから」
I see. Well, I'll be waiting for you.
ほとんどの日本人は、(1)が(2)より自然なやりとりと見なすでしょう。日本語では、いちいち「わたし」「あなた」を繰り返すとぎこちなく、不自然な感じになります。しかし、英語では、(2)のように主語を立てて表現する必要があります。
英語で主語を立てるのは、英語が語順を重視する言語だからです。
例えば、「太郎は花子を次郎に紹介した」という文を考えてみてください。日本語なら、「次郎に太郎は花子を紹介した」でも「花子を太郎は次郎に紹介した」でも、ちゃんと意味は伝わります。
ところが、英語ではそうはいきません。「太郎はナオミを次郎に紹介した」は"Taro introduced Naomi to Jiro."となります。"Jiro introduced Taro to Naomi."になると状況は全く異なりますね。
語順が英語の屋台骨になっており、語順を定めるには主語が定まらなければならないということです。だから、主語を立てることが英語では必須になるのです。英語で表現する際には、常に、主語は何かを自覚することが大事です。慣れてくれば、英語的な発想が身につくはずです。
2. 前置詞と助詞
上の例でも見たように日本語は助詞が文法の決め手になります。
一方、英語は前置詞言語です。日本人が英語を学ぶ際に、最難関の1つとして、まちがいなく前置詞が含まれます。助詞と前置詞は、違うからです。そして、両者の違いを知ることが英語を学ぶ上では重要です。
例えば、日本語の「AのB」を英語でどう表現するかで、違いが如実に見られます。日本語では例外なく「AのB」です。日本語と英語を比べてみましょう。
日本語表現 | 英語表現 |
---|---|
部屋の鍵 | the key to the room |
ビンのラベル | the label on the bottle |
風呂のお湯 | hot water in the bath |
シェークスピアの言葉 | words by Shakespeare |
部屋と鍵の関係は、部屋のドアに合う、あるいは部屋に通じる鍵ということで、"the key to the room"というのです。ビンのラベルもビンがビンであるための本来の部分ではなく、ビンにくっつけるものなので"the label on the bottle"となります。「ビンの底」は「底」がなければビンは成り立たないのでビンの一部であり、そのため"the bottom of a bottle"とofを使います。
前置詞の感覚を磨くには、日本語では「AのB」で表現するところを英語ではどう表現するのかということに意識を差し向けることが有用です。
また、「机の上に本がある」場合と「川の中に魚がいる」の2つの状況を考えてみてください。日本語では、通常、「机に本がある」と「川に魚がいる」と言うでしょう。「に」に意味はありません。それでも、「に」を使うことができるのは、「机に本」と言えば机の上に本があるということだろうといった具合に、常識が働くからです。
2つの関係やありようが常識的にわかる場合、日本語では「に」で片付けます。しかし英語では、2つの関係がはっきりしている場合は、それを、適切な前置詞を選んで表現します。だから、"There is a book on the table."とか"There are a lot of fish in the river."のようにonとinを使い分けるのです。
3. 単語の比較
日本語と英語の違いについて、わかりやすい例は単語同士の対応関係です。「mathematics=数学」「lather=石鹸の泡」「(the)sun=太陽」のように、英語と日本語の単語が1対1の対応関係になる単語もたくさんあります。こうした単語の場合は、日本語訳を通して学ぶことができます。
しかし、1対1の対応関係ではうまくいかない場合も多くあります。例えば、日本語では「命」「人生」「生活」はそれぞれ別の単語です。しかし、英語ではこれらはすべてlifeで表現します。同様に、日本語では「稲」「米」「ごはん」は別の単語ですが、英語ではこの3つはすべてriceで表現されます。
逆も、しかりです。日本語では「ライ麦」「大麦」「小麦」というように「麦」は「麦」です。しかし英語では、それぞれ、rye, barley, wheatと言い、違った単語で表現されます。
もっと難しい例をあげれば、日本語の「上(に)」に相当する英語には、on, over, aboveがあります。「下(に)」も英語ではunderとbelowがあります。こうした状況では、overとaboveがなかなか使い分けられないという問題が起こります。
「押す」でもpushとpress、「引く」でもpullとdraw、「話す」でもspeakとtalkのように、細かく見ていくと、違いが学習上の困難をもたらすという事例はいくらでもでてきます。
こういう違いに対して、どうすれば良いか。ここでも、どこに違いがあるのかを知ることがまず大切です。そして、例えば、同じ「押す」でもpushとpressはどう違うかを、用例を通して感じ取ることです。
ボタンを押す場合、どちらも使うことができます。しかし、「腕立て伏せ」は push-ups、「押し花」はpressed flowersと言います。ズボンにアイロンをかける場合はpress one's pants と言います。ドアがなかなか開かない場合、「もっと強く押して」だと"Push harder."となるでしょう。
こうした用例から、pushは「押す力を加える」、pressは「ぎゅっと押しつける」感覚だと感じ取るようになるでしょう。違いがわかる用例にふれることが鍵になるということです。
4. 音声的な違い
日本語と英語で目立った違いがあるのは音声です。日本語を話すときは、顎や舌をあまり激しく動かしません。
例えば、「おはようございます」という文字を見て、それを声にだして読むときも、そのまま「オハヨウゴザイマス」というのが自然です。しかし、英語になると、同じ"Good morning."でも、音声になると強弱がはっきりしており、リズムがあります。
子供は、それが母語の習得であれ、第二言語の習得であれ、文字を読むのではなく、音を聞いて、その言語でやりとりができるようになります。
私たち日本人は、businessという単語を「ビ・ジ・ネ・ス」と4音節で読んでしまいがちです。英語では、「ビズ・ナス」のように2音節で発音します。questionだって「クエスチョン」ではなく、「クェス・チャン」のような響きになります。これが英語の音イメージです。
アメリカでアメリカ人に「ワチャガナドウ」と聞かれ、戸惑ったことがあります。表現が想像できなかったのです。後に、"What are you going to do?"ということだと知りました。そのとき、英語らしい音に慣れることの大切さを痛感しました。「ワチャガナドウ」は"What are you going to do?"の砕けた言い方の音イメージなのです。
しかし、日本人学習者の場合、中学生になると、たいてい、文字を通して英語を学びます。そして、日本語の影響を受けた読み方をします。英語の音を作る口作りができていないのだから、日本語的な読み方をするのは当たり前のことです。
けれども、日本語的な読み方は英語の音イメージを形成するには悪影響を与えてしまいます。「テントを張ろう」の意の"Put up a tent."を例として取り上げてみましょう。日本人の中学生が文字を読むと以下の「文字イメージ」のようになります。
Put up a tent.
文字イメージ:プット アップ ア テント
音イメージ:プゥタップァ テント
put up a が「プゥタップァ」といった音の連続になり、tentの語頭の t ははじけるような音であるのに対して、語尾の t は飲み込まれ、軽く/ト/を添える感じになります。リスニング力をつけるには、英語の音イメージで"Put up a tent."を捉える必要があるのです。
音声上の日英語の違いを知るだけでなく、英語の音をだせる口作りをする必要があります。そのためには、たくさんの英語の音イメージを脳に刻むと同時に、音を聞いて、聞こえたままのまねをすることで、英語の音をだすための口作りができてくると思います。
特に、幼い子供は、音に対して感受性がとても豊かです。早くから英語にふれ、まねをすることで、英語の口作りをすることができます。
違いに注目することで「言語の比較力」が得られる
最後に、言語の距離は、学習時間に影響を与えるのは確かだろうと思います。
しかし、どんな外国語であれ、誰でもやり方次第で身につけることができるのは確かです。僕は、JICA(独立行政法人 国際協力機構)で、60歳前後のボランティアの方々が、シンハラ語、ベンガル語、ウズベキスタン語といった「遠い言語」を身につける姿を目の当たりにしてきました。このことが、「英語は誰でもやればできる」という僕の信念の根拠になっています。
英語と日本語の違いに注目し、違いを楽しみながら学ぶことで、きっと英語の習得だけにとどまらず、「言語の比較力」といったプラスアルファが得られることと思います。
乳幼児の時期は英語学習の黄金期です。たくさんの良質の英語(わかりやすく、感情のこもった英語)をたくさん聞かせるようにさせてあげてください。
田中 茂範(たなか しげのり)先生
PEN言語教育研修所所長・慶應義塾大学名誉教授。コロンビア大学大学院博士課程修了(教育学博士を取得)。
NHK教育テレビで『「新感覚☆キーワードで英会話』」(2006年)、『「新感覚☆わかる使える英文法」』(2007年)の講師を務める。JICA(独立行政法人 国際協力機構)で海外派遣される専門家に対しての英語研修のアドバイザーを長年担当。
主な著書に『コトバの「意味づけ論」―日常言語の生の営み』(紀伊國屋書店)、『「意味づけ論」の展開―情況編成・コトバ・会話』(紀伊國屋書店)、『幼児から成人まで一貫した英語教育のための枠組み-ECF-』(リーベル出版)、『表現英文法増補改訂2版』(コスモピア出版)、『意外と言えない まいにち使う ふつうの英語 きほんの英語』(NHK出版)他多数。