専門家の先生による、英語教育に関する記事

伊藤克敏先生近影

神奈川大学名誉教授 伊藤克敏 先生にお話しを伺いました。

間違った英語を話す我が子を見ると、つい気になってしまう・・・という方は多いのでは?
でもじつは、英語を母語とする子どもたちだって、間違いを重ねながら、正しい英語を身につけていくのです。そんな子どもたちへの正しい対処法とは・・・?

"I"より"me"を好む子どもたち

私は30年ほど前にボストン大学に1年間ほど研究員として勤務し、家族とともにアメリカに滞在していました。そのとき、ある「プレイ・グループ」(集団生活への適応を目的として、就学前の子どもたちが集まっていっしょに遊ぶコミュニティ)の様子を観察する機会を得ました。それは、ネイティブ・スピーカーのお子さんが、どのように英語を習得するのか、その過程にふれることができた貴重な経験でした。

プレイ・グループでの子どもたちの会話を文字に起こしてみると、さまざまな"文法的に間違っている英語"に出会いました。特徴的なのは、"I"と"me"の言い間違えで、子どもたちは、主語であっても、"me"を多用していたのです。"I"は「私は」という主語ですね。"me"は「私に」という目的格。小さいお子さんは自己中心的な考え方をするのが当たり前なので、"I"よりも比較的自己主張のニュアンスが強い"me"のほうが、"自然"なのかもしれません。逆に、3単元の"s"や、現在進行形におけるbe動詞などは、何よりもまず自分の主張を伝えたい小さいお子さんにとっては、"意味のないもの"のようで、全くといっていいほど無視されています。

プレイ・リーダーはどうかというと、子どもたちのそのような言い間違いを気にするそぶりは全くありません。いっしょになって赤ちゃん言葉を使うようなこともせず、大人を相手にするようなきれいな英語を使っていました。文法的な間違いを無理に正すよりも、子どもの言おうとしていることを自然に受け止めてあげて、正しい言葉を聞かせ続けることが大事という考え方なのですね。お子さんに英語を学ばせている保護者の方も、この姿勢をぜひ参考にしてください。


プレイ・グループでの 子どもたちの会話

プレイ・グループのメンバー
Carrie:女の子 2歳
Kerry:女の子 3歳
Play Leader (PL):ボストン大学教育学部の女子学生

プレイ・リーダー(PL)が持ってきた粘土で遊ぶことになり・・・
Kerry: Can you get a bunny for me?(私にウサギちゃんをひとつちょうだい)
PL: Is that really a picture of a bunny, Kerry?(ケリー、それ本当にウサギちゃんの絵なの?)
Carrie: Me gonna make a rabbit.(私、ウサギちゃんつくるの)
[解説]キャリーちゃんの発言に注目してください。本来は"I"が正しいですが、"me"を使っています。"me"のほうが、より「私!」というニュアンスが強く出る言葉だからでしょう。このような言い間違いは、英語圏の子どもたちによく見られる傾向です。

お誕生日のキャリーに、ケリーが「おめでとう!」と言って、 ケーキをあげようとして・・・
Kerry: Happy to you! I have a little piece. Can you cut this stuff? (おめでとう!ケーキをあげるわね。切れる?)
Carrie: What's that? This mine. That yours. (なーにそれ?うーん、これが私の。これはケリーのね。)
[解説]"Happy birthday to you!"の"birthday"が抜けてしまっていますね。"This mine."、"That yours"は、正しくは"This is mine."、"That is yours."ですが、be動詞が欠落していますね。いろいろなものが抜け落ちた文章ですが、これでも子ども同士では意味が通じています。こういった間違いはそのうち自然に直っていくということですね。

自分の意思を伝えたいという欲求が 言葉の習得につながります

子どもたちの観察の結果から私が実感したのは、これこそがコミュニケーションの本質だということです。自分の意思を相手に伝えることがまず大切で、よりスムーズなコミュニケーションをするための言葉遣いの正しさや表現の適切さは、徐々に身につけていけばよいということですね。

例えば"want"のような言葉(日本語だと「したい、ちょうだい」)は比較的早くに習得されますが、それはこの言葉が、自分の欲求を表す言葉そのものだからです。考えてみれば、日本語でも同じで、小さい子どもたちは「これ!(ちょうだい)」、「やだ!」、「見て!」といった欲求や否定の言葉から身につけていきますよね。

最近の研究では、幼いころに始めた第二言語は、母語と同じ過程をたどって習得されるということがわかってきています。ですから、母語を習得するときと同じように、「したい!」、「ちょうだい!」といった主張をうまく英語の学習と結びつけてあげてほしいと思います。自分の主張を相手に伝えようという思いは、言葉を学ぶうえで強いモチベーションになります。間違いを指摘するより「あなたの言いたいことは理解しているよ、伝わっているよ」という姿勢を見せてあげることが大切なのです。

お子さんに「話したいこと」がありますか?

コミュニケーションに対する積極的な姿勢を育てるためには、子どもたちが「話したいこと」をもっている必要があります。そのためには、子どもたちにさまざまな体験を与えることが大切です。ワールド・ファミリー・クラブで用意されているイベントやキャンプなどの楽しいプログラムは「話したいこと」を蓄積する機会として最適ですから、おおいに活用されるとよいと思いますよ。

伊藤 克敏 先生

神奈川大学名誉教授
日本児童英語教育学会(JASTEC)顧問
英国国際教育研究所(IIEL)顧問
国際外国語教育研究会会長

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